ベストセラー『野球ノートに書いた甲子園』最終巻発売! 夢の舞台の裏側にもドラマがある。横浜隼人編

夏の甲子園、熱戦の火ぶたが切って落とされた。全国を代表する56校の戦い。その裏には、夢の舞台に立てなかった3725校の想いがある。どれだけ強い気持ちで「甲子園」を夢見たのか――。ベストセラーシリーズの最終巻『野球ノートに書いた甲子園FINAL』(高校野球ドットコム編集部、8月10日発売)には、球児、指導者たちが全力で夢へと向き合った「言葉」があった。今回は、本書に収録された、神奈川県・横浜隼人高校の知られざる言葉の物語を紹介する。


日本一のショートになるためのノート

2009年に初の甲子園出場を果たし、以降、毎年のように上位に食い込む神奈川の強豪・横浜隼人。今年、129人の大集団をまとめたのが、主将・横瀬辰樹だった。攻守においてチームの中心であった横瀬のパフォーマンスは、メディアでも取り上げられるほど注目度が高かった。

そんな横瀬の高校野球人生は「日本一のショート」になることを目指した3年間だった。

打球を処理する横瀬選手(横浜隼人)。

小学校時代はベイスターズジュニア入り。チームメイトには、昨夏甲子園4強を経験した東海大菅生のスラッガー片山昂星がいた。そして、中学時代は横浜港ボーイズに所属。中学3年生になったとき、横浜高校に行くか、横浜隼人のどちらかでいくか迷った時、「地元の選手が集まる横浜隼人で、横浜を破って甲子園に行きたかった」という思いで横浜隼人に進学。2年生からレギュラーになった。

筆者が横瀬を見たのは3年春・春季神奈川県大会・平塚江南戦のこと。シートノックから横瀬の動きに目を奪われた。グラブ捌きが実に柔らかく、バウンドの合わせ方がうまい。捕ってから投げるまでの動作が素早く、何においても器用にこなすところにセンスの高さを感じたのだ。

だから、横浜隼人の「野球ノート」取材が決まったとき、「野球ノート」だけではなく彼の守備についても聞いてみたいと考えていた。

5月末、横浜隼人高校のグラウンド。取材現場に現れた横瀬の手には2種類のノートがあった。「野球ノート」と「守備ノート」。話を進め、横瀬に「守備ノート」について聞いてみた。すると、横瀬は目を輝かせながら話してくれた。

横瀬選手の「野球ノート」と「守備ノート」。

横瀬は新潟明訓出身で2012年夏に甲子園出場経験がある渡邉一史コーチと交換日記という形でノートを書いてきたという。ノートの冒頭部分には「目標は日本一のショート」と書き、そのための自分の課題と疑問を書いて、渡邉コーチがその疑問に答えるという形を行っていった。日本一のショートになるためには、グラウンドで練習をするだけではなく、頭で理解し、整理する必要がある。そのために欠かせないツールが「守備ノート」だったのだ。

横瀬は「自分が書いている野球ノートの中でも、最も自分の本音が出ていたノート」だと語る。横瀬は守備面で意識していることについて聞いてみると、「基本的なことなんですが、一歩目を大事に、ボールを低く見る、ショートバウンドを狙うとか、そういう基本をまず大事に行います。その基本を大事にすれば、練習時間が限られていても、集中してできます」

そして横瀬の動きは実に速い。意識するのは「足」だ。

「自分の中では捕ってから急ぐというのはあるんですけど、上半身で頑張ろうとするんじゃなくて足。とにかく足を動かして。基本速くやるというのは手じゃなくて足だというふうに中学校の頃から教わってきたので、とにかく足を動かして、足でやっていくというのを思っていたらどんどん速くなってきました」

「守備ノート」には他校の遊撃手への考察も記される。横瀬が見て凄い遊撃手は田中幹也(東海大菅生)、根尾昂(大阪桐蔭)、小園海斗(報徳学園)の3人だという。いずれもこの3人は、春、夏の甲子園のどちらかでベスト4以上を経験している遊撃手だ。

こうして気づいたことを次々と書き記し、読み返した。その積み重ねは、横瀬オリジナルといえる守備理論を築き上げていった。残念ながら、甲子園を目指して戦った最後の夏は初戦敗退で終わった。それでも日本一のショートを目指す横瀬の挑戦はなおも続く。

Text=高校野球ドットコム編集部

『野球ノートに書いた甲子園FINAL』
8月10日発売
高校野球ドットコム編集部
幻冬舎 ¥1,100