映画『真実』で是枝裕和が描きたかったこととは? ~野村雅夫のラジオな日々vol.37

現在、関西のFM COCOLOを中心に、DJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回は第76回ヴェネツィア国際映画祭でオープニング作品に選出された『真実』の是枝裕和監督。


劇場を出た後に、何となく、空を見上げながら歩いて家路につきたくなる映画

どうも、少し間が空いての再登場です。野村雅夫です。前回の最後に書きましたが、先月末、9月末をもって、ラジオDJとしてこれまで10年喋り続けてきたFM802から、FM COCOLOへ移籍をしました。FM COCOLOは、FM802が運営するもうひとつのチャンネルで、全国で唯一にして初めて、同じエリアで一社二波運営というスタイルとなっています。何が違うのか? ざっくり言えば、音楽を中心に関西のユースカルチャーを引っ張ってきたFM802に対して、FM COCOLOは「大人のためのミュージックステーション」。Whole Earth Stationというコンセプトも打ち出しているので、より幅広い選曲と厳選した情報を楽しめる放送を行っています。

僕が10月1日から担当しているのは、CIAO 765(チャオ・ナナロクゴ)という朝のワイド。月曜から木曜、朝6時から11時までの生放送です。関西の方はスマホアプリのradikoで、そして関西以外の方はradikoプレミアムで全国からお聴きいただけます。改めて、これからもよろしくお願いします。

さて、記念すべき初のゲストは僕の尊敬する宮沢和史さんだったんですが、映画人では、現在『真実』を公開中の是枝裕和監督でした。是枝さんにとっての、初の国際共同製作となったこの作品。主演のカトリーヌ・ドヌーヴについてなど、時間の許す限り突っ込んでうかがった模様を、こちらでもお楽しみください。

では、まず公式サイトよりストーリーを引用しておきます。

世界中にその名を知られる、国民的大女優ファビエンヌが、自伝本「真実」を出版。海外で脚本家として活躍している娘のリュミール、テレビ俳優として人気の娘婿、そのふたりの娘シャルロット、ファビエンヌの現在のパートナーと元夫、彼女の公私にわたるすべてを把握する長年の秘書。"出版祝い"を口実に、ファビエンヌを取り巻く“家族”が集まるが、全員の気がかりはただ一つ。「いったい彼女は何を綴ったのか?」そしてこの自伝に綴られた<嘘>と、綴られなかった<真実>が、次第に母と娘の間に隠された、愛憎うず巻く心の影を露わにしていき――。

原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ『シェルブールの雨傘』/ジュリエット・ビノシュ『ポンヌフの恋人』/イーサン・ホーク『6才のボクが、大人になるまで。』/リュディヴィーヌ・サニエ『8人の女たち』ほか  
撮影:エリック・ゴーティエ『クリスマス・ストーリー』『夏時間の庭』『モーターサイクル・ダイアリーズ』
配給:ギャガ ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA


――是枝監督、チャオ!

チャオ

――イタリア帰りの自然なチャオが出ましたけれども、監督、ご無沙汰しています。

どうもです。

――まだFM802にいた昨年、『万引き家族』公開のタイミングでインタビューをさせていただきまして、あの時にはカンヌのパルム・ドールを直に拝見するという、そんな機会にも恵まれたわけですが……

そうか、そうか。そうだったね。

――まさか、こんなにも早く、しかもすごい座組の新作について話をうかがえるとは思いもよりませんでした。ヴェネツィア国際映画祭でオープニングを飾りました。これは「おめでとうございます」ですよね、どう考えても。

そうですね。

――あちこちの映画祭に行かれていますが、思い入れも強いだろうヴェネツィアに、しかも今回は海外のキャストを連れてというのは、感慨もひとしおだったのではないかと推察してしまいます。

自分がデビュー作で最初に行ったのがヴェネツィアなんでね。あんまり好きな言葉ではないけれど、ヨーロッパの人にしてみれば、僕が「発見された」のがヴェネツィアなんです。そこから自分のキャリアを積み重ねていく中で、ヴェネツィアを離れていた時期は長いんですけども、また「おかえり」という感じで迎えてもらえたというのは、特にこの作品でというのは、とても光栄でした。

――ファビエンヌという主人公には、かつてライバルであり親友でもあったサラという人がいて、もう亡くなっている設定。ファビエンヌは家族ぐるみのつきあいをしていたということですよね。僕が映画を観ていて、つまりドヌーヴの姿を観ながら思い出したのは、彼女自身のお姉さん、フランソワーズ・ドルレアックがやはり俳優だったことです。すると、役のファビエンヌと、カトリーヌ・ドヌーヴの実人生とが、ちょっとダブって感じられたんですが、そのあたりは意識はされてのことなんですか? この役がドヌーヴを前提とした「当て書き」なのかも含めて教えてください。

え〜と、そう、でもね、ライバルが亡くなっていてという話は、ドヌーヴさん前提ではなくて、2003年にこの話を書き始めた時に既にあった設定なんですよね。なので……でも、確かに観た方が、「あれはドルレアックのことも重ねて描いているのか」って言われることも結構あるんで、そこも含めて観ていただいても構わないんですけれどもね。ただ、ご本人からは、たとえば「こういうのはやめてくれ」とか、その件についてまったく話はなかったです。

©Happinet

――『ロシュフォールの恋人たち』という映画があって、そこで姉妹でかつて本当にキュートな姿を見せていたことも、僕は思い出してしまいました。一方で、僕は知らなかったんですが、ファビエンヌというのは、カトリーヌ・ドヌーヴのミドルネームでもあるらしいですね。しかも、脚本では、当初はカトリーヌという役名だったとか?

「カトリーヌの真実」という仮タイトルで書いてたたんですけど……

――それはなかなかなことですね。

フフ。まぁ、でも、ドキュメンタリーじゃないので、どっかで変えたほうがいいなと僕は思ってました。

――あくまで仮だと。

そう。ご本人もそう言っていたので、別のタイトルを付けようかなと思っていて、主人公の名前をどうしましょうかと相談していたら、ご本人が「ファビエンヌがいい」って。「ん?」って思ったんですよ。タイトルの「カトリーヌ」はダメだけど、役名は「ファビエンヌ」でいいのかって。その辺がね、よくわからない(笑)

――確かに(笑) でも、ミドルネームの位置づけもいろいろですからね。家族間でミドルネームで呼び合うってケースもあれば、形式的なものにとどまっている場合もある。カトリーヌさんの場合にどうなのかってのは、僕はよくわからないですけど。

僕もよく知らないんで、そこはあまり触れずに。

――そこをあまり知ると、やりづらくなる可能性もありますもんね。

そう、やりづらくなっちゃうので。

――ただ、結果的に、カトリーヌ・ドヌーヴという実在の大女優とファビエンヌという役柄は、どうしたって重なって見えるわけです。で、この『真実』の中では、ファビエンヌが出演する映画の撮影シーンというのが出てきます。つまりは、いくつかの意味で入れ子構造になっているわけです。こういう構造を採用するにいたったねらいというのは?

そうですねぇ……亡くなっちゃったライバルの存在というのは、絵にはしないと最初に決めていたので……

――たとえ写真であっても、出さない。

出さない。そうしておきながら、この物語が捉えるものの向こうに、みんながサラを見ていくっていうような話にしたいなと思ったんですよね。それで、サラの再来と呼ばれるような女優が出てきて、(劇中劇となる撮影中の映画の)物語上、SFなので、母親は若いままで、娘だけが老いていくという状況が、自分のライバルは記憶の中で若いままで自分だけが老いていくという現実と、反転というか背中合わせの状況にしました。あのドラマが、彼女の実人生とリンクして見えてくるような、そういう構造にしてみようかなと思いました。

――それでもちろん、物語が深みを増すということもありますし、カトリーヌ・ドヌーヴがそれを演じているわけですから、フランス映画史、ひいては世界映画史の中でも、当然僕らはわかって観てますから。さらにその視点も入ってきますもんね。入れ子構造自体はちょいちょい見ますけど、その意味で、あまりない映画体験に観客はなるんじゃないかと思います。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

――話題を変えまして、舞台となったファビエンヌの家ですが、あれはセットではなくて本物の邸宅を採用されたとうかがっています。で、撮影前にそこに寝泊まりされたそうですね?

泊まりました。

――どれぐらい?

2泊ですね。

――究極のロケハンじゃないですか。あの家はすっと寝泊まりできる状態だったんですか?

たまたまバカンス中で、ご家族がいない間に泊まらせてもらったんです。

――へぇ! では、キッチンとかお手洗いとか、直前まで持ち主が暮らしていた状態だったんですね。

そうですね。

――撮影場所となる家に泊まってみるというのは、必ずされることなんですか?

『万引き家族』の時は、廃屋だったので、さすがにしなかったですけど、『海街diary』の時も、そういう時間は作ってます。そこで朝を迎えて、どういう音が聴こえてくるかとか。台本を手にしてセリフを言いながら一人で歩くんです。傍で見ていると気持ち悪いかもしれませんが。

――ファビエンヌがそれこそ、撮影中の映画のセリフを覚えるために、たとえば庭なんかで台本片手に訓練をしているという場面がありました。ああいうような調子ですか?

近いですね。その空間の中で、役者が動きながらセリフを言った時に、じゃあこの階段をどういうリズムで下りるのかとか、裏口と台所の距離感がどのくらいかなとか、そういうのを自分の中で身体で理解しながら、台本を作るのに活かしていくんです。文字で書いた平面の脚本を立体化させていくっていう言い方を自分ではしていますね。空間化でもいいんですけど。そういう作業は必ずやります。

――これは『万引き家族』の時にも印象的だったことですが、音ってのはまさに空間に響くものなので、その空間そのものを把握しないと、脚本にきっちり落とし込めないってことなんですね。

そうですねぇ。

――今作でも音はいくつかキーポイントとして出てきましたもんね。

そうです。あの家にどういう音が響くのかっていうのは、すごく大事でした。

©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

――タイトルの『真実』。これは仮タイトルの頃から使っていたワードということでした。

そうそう、そうですね。

――かなりシンプルです。別の映画のタイトルにもなりましたが、「不都合な真実」という言葉があるじゃないですか。つまり、真実は時に人を冷酷に傷つけることもあるよなと。ただ、よく言われる話ですが、「真実」と「事実」というのは、必ずしもイコールではないのではないか。たとえば、実際の出来事、つまり事実とは別に、記憶の中の真実というものもあるだろう。そんなことを僕は映画を観ていて思いました。そういうようなことも念頭に撮影されたんでしょうか?

んんんん……はい。うん。難しいよね。あの、真実を考えようとしたというよりは、演技ってなんだろうなと考えた時に、ビノシュに最初に「演技は嘘ではない」って言われたんです。演技をするという行為は、嘘をつくこととは違う。命のないところに、命を吹き込む仕事であるって。いわゆる一般の人、素人がスクリーンに映っているというのと、最も違うのはそういうことだと。

――プロの俳優にはそれが……

できる。それは、台本と役柄というものに、自分自身の人生も含めて加えることで、新しい命を生んでいくことなんだという話をされていて、とても面白いなと思ったんです。

――そのやり取りは、この作品を前提とした対談やインタビューではなく?

そうじゃないです。

――ビノシュさんと事前に交流があって、その時に演技の話をしていて、今ご披露いただいたような彼女の言葉が、かつて是枝さんが書いていた戯曲とリンクしていったということですね?

そうです。それで、この新しい映画がどんどんどんどん膨らんでいったというところもあります。この映画の中でも、フィクションとして演じられる演技と、日常生活の中で母が「母」を演じたり、娘が「娘」を演じたり、娘が自分の娘に演じさせたり、いろんな「演じる」という行為がありますよね。それはどれも決して嘘ではなくて、もちろん演じられているものではあるけれども、現実では、事実としては言えなかった、できなかったことを、演技という形を借りて、今何十年ぶりにやっているのだとすると、むしろ真実はそちら側にあるのではないかというような……真実と虚構や演技は、そんなに簡単に二項対立で捉えられるものではなかろうと。そういう考え方で作っています。

――今のお話を聞くと、もう一度観たくなってきました。是枝監督は家族をずっと描かれていますけど、お父さんはお父さんらしくとか、理想の母親像とか、逆にダメな母親とはこういうものだとか、長男だからこうとか、そういうのって役柄を演じているわけですよね。

そうですね。

――で、演じるってのがすべて嘘ではないし、役を演じることによって機能していくことも……

あるんです。

――でも、それがすべてでは決してない。

うん。

――このあたりは、もう一段深く観られるなと思いました。

ぜひぜひ。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

――鑑賞後の「後味」についてうかがいます。あの自伝には何が書かれているんだろうってことは、ある種のサスペンスとして機能するので、物語への興味を持続させる効果があって、ぞくぞくしながら観ました。で、いろいろと困ったことも起きました(笑)。でも、鑑賞後に抱く感情というのは、監督の作品をずっと追いかけてきて、かなり明るいものでした。

フフフ。

――最初から、撮影前から、そうしようって決めていらっしゃったそうですね? それはなぜですか?

いやいや、なんとなく、重たいものが続くと、ちょっと軽やかなものを作りたくなる……そういう、非常に個人的な事情ですね。

――なぜこんな質問をしたかというと、人によっては、『真実』というタイトルから、むしろ重たいもの、ドスンと来るようなものを想像するかもしれないなと思って。

そうですねぇ。

――どっこい、そんなことはないんですよ。最後に、フワッと軽くなれるというか。

よかった。

――人間誰しも、何らかの形で家族という存在はあるわけで、観終わったら、自分にとっての家族の真実ってなんだろうって考えるかもしれないですね。遠い国フランスの特殊な職業の人の話ってことにとどまらないと僕は思うんで。

そうですね。結構、身近に置き換えて、自分の親子関係をトレースできるような話にはなっているかなと思います。

――先ほど触れたように、ドヌーヴを起用して、彼女の俳優としてのキャリアや映画史をもダブらせて見られる構造になっているのに、観客が自分の話にも思えるって、そんなのどう考えたって離れ業だと僕は感じています。ペースはわかりませんが、監督はもちろんこれからもどんどん撮られていくでしょうから……

うん。ちょっと休むよ。

――あ、そうなんですね? 休んでください、それは。で、しかるべきタイミングで、これからもまた、FM COCOLOにも登場いただければ幸いです。ま、マサデミー賞がどうなるかはわかりませんけれども……

マサデミー賞は、続くの?
(*マサデミー賞とは、僕野村雅夫が週に一度ラジオで行っている映画短評で扱った作品の中から、僕自身の独断で各賞を発表する、年度末恒例の小さな小さな電波上の映画賞のこと。にもかかわらず、是枝監督をはじめ、意外と著名な方の受賞コメントが聴ける。これまで6回実施しており、是枝監督は『海街diary』で作品賞、『万引き家族』で監督賞をそれぞれ受賞している)

――これはもう、リスナーしだいですけど、まぁ、続くんじゃないですかね。順当に行けば。

いつでもコメント出しますから!

――ハハハ! やった〜。ここで言質が取れた〜

ハハハ

――改めて、映画『真実』のヒットを願っています。最後にリスナーにひとこと何かございましたら。

劇場を出た後に、何となく、空を見上げながら歩いて家路につきたくなるような、そんな素敵な映画ができあがったと思いますので、ぜひ劇場でご覧ください。よろしくお願いします。

――ありがとうございました。

ありがとうございました。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3



祝! パルムドール 是枝裕和『万引き家族』


野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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