国内外からオファーが殺到する建築家・中村拓志の圧倒的な発想力の源とは?

秘境に身を置き人と触れ合い、得られた気づきと感性が 自身の仕事や生き方に変化をもたらす。それが、 NAP建築設計事務所代表・中村拓志(なかむら・ひろし)氏の〝最高の体験〞だ。


世界の名建築に宿泊する、旅の楽しみ

「最初の夜はシャワーのお湯も出ず、なんでこんな所に来ちゃったんだろうと思いました(笑)」

当時のティンレイ首相の要請で、国民総幸福量(GNH)の思想を伝える施設建築計画のため、初めて訪れたブータン。まず現地の人たちを知ってほしいと用意されたのは、ホテルではなく一般家庭での民泊だった。しかし、当初の不安はすぐに吹き飛ぶことに。村を歩けば、誰もが家へ来いと誘い、見ず知らずの自分をありったけの食事やお酒でもてなしてくれた。

「彼らは、自分たちが何も持っていないなどと恥じることもなく、自分たちに誇りを持ち、純粋に無償の気持ちで人を喜ばせようとする豊かさがある。そこに僕はすごく感動したんです」

誰かと何かを比較することのない彼らを見て「幸せとは自分がそう思えればいいもの」と考えさせられたというブータンの旅。その体験は、自身の仕事にも大きな影響があったという。

「表層的な、目に見える形だけではなく、人の幸福感をつくりだすような設計がしたいと思うようになりました。人と人とが尊重し合いながら、出会い、語り、自分や暮らしに誇りを持てる建築にしたいですね」

視覚だけで体験した気になってしまうSNS時代。「だからこそ、その場に行って感じることに価値がある」と中村氏。

「世界の名建築には、宿泊可能な場所もあります。実際に行けば、陽の光や風が時間とともに部屋につくりだす効果や、なぜ窓がそこにあるのかなど、写真では気づかない発見が必ずあるんです」

ブータン同様、その体験が新たなアイデアの源になっているのは、彼の作品を見れば納得。

「揺れる葉の影や、雨粒がつくる紋様、人の動きとともに部屋の中につくりだされる光の形……写真だけでは表せない豊かさに価値がある。そんな形にできない魅力を、自分の設計で表現したいと思っています」

Hiroshi Nakamura
NAP建築設計事務所代表 隈研吾建築都市設計事務所を経て、2002年NAP建築設計事務所を設立。代表作に「東急プラザ表参道原宿」「ベラビスタ スパ& マリーナ 尾道」(リボンチャペル)など。


Text=牛丸由紀子