【特集・勝負服】エステー会長・鈴木 喬のフェラガモの靴<男の履歴服>

男の勝負服は十人十色。立場や服に込めた戦略、またはこだわりによっても変わるものだ。そしてそこには、各々の勝負の履歴が刻まれる。ここではエステー会長・鈴木 喬の生き様すら垣間見える、勝負服の履歴をひもとこう。 


すべてを勝負に活かす経営者の力となる靴

重責を担う経営者ほど、身につけるものすべてに知略を巡らせているものだ。なかには験担ぎ的なものもあるが、エステーの会長を務める鈴 木喬氏がここぞという場面で履くというサルヴァトーレ フェラガモの靴は、氏に幸運以上のものをもたらす勝負靴である。

エステーの社長だった2000年、鈴木氏は出張でミラノへ向かう機内にて足に激痛を覚える。巻き爪気味で元来革靴が合わないためだが、到着後に電話で娘に相談し、勧められたフェラガモのビットローファーを現地で購入した。その驚くほど柔軟な履き心地により痛みは軽減されたが、のちに不思議なことが起こる。その靴を履いている時に限って、危機的状況を切り抜けられたことが何度かあったのだ。

以来、それは鈴木氏の勝負靴となり、会社がピンチとなって社長に復帰した際などにも氏を支えた。それは足の痛みを忘れさせることで、鈴木氏のパフォーマンスが最大限に引きだされた結果かもしれない。そして「履くと日常から非日常に切り替わり、変身した気分になる」と鈴木氏がいうように、いざという時に履くことで、これまでの成功体験を呼び覚ますスイッチの役割を果たすようになったとも考えられる。

その靴を飾るフェラガモのアイコン「ガンチーニ」は、フェラガモが本社兼本店を構える中世の宮殿スピーニ・フェローニの鉄門の引き手から着想したデザインである。その美しく履き心地抜群の靴が、鈴木氏の眼前に立ちはだかる経営上の重き門を開け放つ力となったことは間違いないだろう。


TAKASHI SUZUKI
1935年東京都生まれ。一橋大学卒業後に日本生命保険を経て、’85年に父が創業したエステー化学(現エステー)へ入社。’98年には社長に就任し、商品の絞りこみなどによって収益を飛躍的に向上させる。2007年に会長となったが、’09年の業績悪化時に社長へ復帰し経営を立て直した。’12年より現職。

Text=竹石安宏(シティライツ) Illustration=黒木仁史(vision track)