人生を謳歌した 成功者たちの名言

ルネサンスの時代から現代まで、イタリアには偉大な成功者が数多く存在する。彼らは皆、苦悩のなかで突破口を切り開いてきた。魂を燃やすように生きた、信念ともいえる名言に耳を傾けたい。

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
──ロベルト・バッジョ:元イタリア代表サッカー選手/1967~

 1994年、米国W杯決勝でPKを外し、うなだれるバッジョ。結果、イタリアはブラジルに敗れ、バッジョは会見でこの言葉を残した。"戦犯扱い"を受けたバッジョは、PKを外すシーンを何度も夢に見る。だが、イタリアが生んだ"最高のファンタジスタ"は、4年後の仏W杯初戦でPKを決め、悪夢にピリオドを打った。

「未来を予測できるものに未来は訪れる」
──エンツォ・フェラーリ:フェラーリ創設者/1898~1988

 板金工(ばんきんこう)の次男として生まれ、第一次世界大戦に従軍。恵まれた環境で育ったわけではないが、レーサーに憧れ、自動車製造会社フェラーリを設立。流麗なデザインは王族や映画スターらを虜にした。F1の名門スクーデリア・フェラーリのオーナーとしても成功を収め、1988年の死去の際にはイタリア全土が喪に服した。

「君主足らんとするものは、種々の良き性質をすべて
 持ち合わせる必要はない。しかし、持ち合わせていると、
 人々に思わせることは必要である」
──ニッコロ・マキャベリ:思想家/1469~1527

 後年、「私は貧しく生まれた。だから楽しみより先に苦労を覚えた」と語ったルネサンス期の政治思想家マキャベリ。だが、優れた書物を著して頭角を現し、フィレンツェ共和政府の外交・軍事での要職に就いた時期も。著書『君主論』により、頭脳明晰な人物との印象が強いが、実は酒、女性、賭け事好きの一面もあった。

「見えないと始まらない。見ようとしないと始まらない」
──ガリレオ・ガリレイ:天文学者/1564~1642

 物理学者、天文学者、哲学者、発明家と、さまざまな肩書きで語られるガリレオ。実験を行って科学的根拠を得る実証法を重視し、過去の学説を次々に否定。そのため、従来の権威にしがみつく人々から弾圧を受け、宗教裁判にかけられたこともあった。それでも自身のポリシーを貫き、晩年は軟禁状態の生活を送った。

「終わりというものはない。始まりというものもない。
 人生には無限の情熱があるだけだ」
──フェデリコ・フェリーニ:映画監督/1920~1993

 『道』『甘い生活』など、映画史に残る傑作を次々に発表し、アカデミー名誉賞と4度のアカデミー賞外国語映画賞を獲得。「映像の魔術師」とも称されたが、スランプもあった。だが、ひとつのひらめきが天才を救う。スランプに陥った自分の姿を撮って映画にしようと考えたのだ。そうして誕生したのが不朽の名作『8 1/2』だ。

「私たちが生きているのは、白と黒の間にたくさんの色がある時代なのだ」
──ベルナルド・ベルトルッチ:映画監督/1941~

 『ラストエンペラー』でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞した、現代イタリアを代表する巨匠ベルトルッチ。だが作品には賛否がつきまとう。特に1972年の『ラストタンゴ・イン・パリ』は、「ポルノか、芸術か」をめぐって大論争が勃発。イタリアでは公開4日後に上映禁止となるが、世界では高い評価を獲得した。

「羊として100年生きるくらいなら、
 ライオンとして1日だけ生きるほうが良い」
──ベニート・ムッソリーニ:第40代イタリア王国首相/1883~1945

 ファシスト党を率いて大統領に就任し、独裁国家を築いた。ドイツのナチス政権と手を組み、第二次世界大戦に参戦。大戦では敗北し、処刑されたが、イタリアでの人気は低くはない。積極的な雇用政策を打ち出し、マフィア撲滅に力を注いだこと、そして何よりライオンのような力強さが憧れを抱かせるのかもしれない。

Direction=島田 明 Text=川岸 徹 Photograph=Masshi Ninni

*本記事の内容は16年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)