映画監督・河瀨直美が見つめる未来のエンターテインメント~野村雅夫のラジオな日々vol.45

現在、関西のFM COCOLOを中心に、DJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回は、東京2020オリンピック大会公式映画監督を務める河瀨直美さんだ。

オリンピックはシンプルな部分に立ち戻らなければならない

新型コロナウイルスの影響は、当然ながら、僕のいるラジオ業界にも及んだ。スタッフとの接触も極力減らし、日々のスタジオへの出入りにも対策を行い、ゲストはリモートで迎える。ただ、それ以上に大きく影響を受けたのは、放送の内容だ。扱うニュースも、リスナーから届くメッセージも、とにもかくにもコロナ一色。僕も言葉の選び方には苦慮したし、同じ話題でもスポットを当てる角度に工夫できるところはないかと、毎日毎分毎秒が試行錯誤の連続だった。こんな時に響く音楽は何なのか。選曲にも知恵を絞りながら、リスナーには考える材料と、カラッと笑えるユーモア、そして何より、安心感を届けたい一心でマイクの前に座り続けた数ヵ月だ。

そんな中で辛かったのは、これまで当たり前のように案内してきたライブや映画、演劇の情報が途絶えてしまったこと。今後のエンターテインメントはどうなるのだろうか。感染を広げないようにしながらも、経済はまわしていかないといけないし、心のパンとも言えるエンターテインメント、表現を享受もしたい。Withコロナがしばらく続くのであれば、そこに僕たちはどんな未来を描いていけばいいのか。僕の番組では、THE SHOW MUST GO ONというコーナーを毎週火曜日の朝10時20分から設け、エンターテインメントの最前線で活躍するゲストから率直な話を聞くことにした。

初回のゲストは、僕も長く交流のある映画監督、河瀨直美さん。オファーすると、快くリモート出演を引き受けてくれた。以下のやり取りは、6月23日にFM COCOLO CIAO 765で放送したものである。


――監督、チャオ!

チャーオ! 元気ですかー?

――なんとかやっておりますよ。今は、どちらにいらっしゃるんですか?

もうずーっと奈良です。3月から。

――奈良は、河瀨直美監督にとっての生活の拠点で、特にカンヌ映画祭でデビューから高く評価されてきた映画作りの拠点でもありますもんね。さらには、なら国際映画祭も2010年から隔年で実施されていまして、僕もちょこちょこ関わらせてもらっています。この映画祭を通じて日本だけではなく、世界の映画人も含め、後進の育成にも力を入れていらっしゃいます。そして、2020年、東京オリンピック公式の映画監督に就任。これはますますお忙しい、僕なんぞと話している暇はないぞ、と思っていたところで、この新型コロナウイルスの事態になったと。監督は去年の秋からヨーロッパを飛び回ってらっしゃいました。11月の終わりには、そんな合間に僕のささやかな誕生日パーティーにビデオ・メッセージをちょうだいして感激しましたが、あの時もヨーロッパの空港でのトランジットの間に収録いただいたみたいですし、新作『朝が来る』の編集など、ポスト・プロダクションもあって、その行ったり来たりが今年に入ってもしばらくは続いていたわけですよね。で、いよいよ、オリンピックに照準を合わせようかというタイミングでコロナ禍が訪れてしまったと。

まさにそうなんです。オリンピック自体は去年の7月に1年前イベントというのがありまして、バッハ会長も来日されていたりと、そこからカメラを回し始めたんですけども…。最新作『朝が来る』を制作していたので、その編集と同時進行でオリンピック映画の撮影、準備っていうのをやっていて、『朝が来る』が完成して、「いよいよ、オリンピックに集中や!」と思っていたんです。2月にオリンピックの強化選手を追いかけてベルギーに入って、帰りにパリに寄って、色々やって戻ってきたら、もうほぼ海外には行けないような状態になってしまったんですよね。

――そこから緊急事態宣言が出て、「東京オリンピックもどうなるのか?」となりました。本来なら、今頃は撮影で駆けずり回っているはずでしたよね。規模が大きいイベントだから、撮影のご準備も周到にされていたと思います。延期が決まったタイミングは東京にいらっしゃったんですか?

いました。その1週間くらい前かな、ギリシャから聖火がやってくるのを、福島の自衛隊の基地で待ち受けて撮影して、いよいよ数日後に全国を聖火ランナーさんが走るという状態の時から、なんとなく、これはちょっとヤバいんじゃないですか、と。沿道に人がいっぱい集まられるので…。「3密を避けて」と言われだしていたところで、「それ無理じゃない? みんな観に来たくなるよね」というような議論が行われていたので…。さすがに聖火リレーはちょっと難しいのかな、と思いながら、東京にいて、撮影に同行していたんですね。聖火ランナーさんも福島からスタートだったので、そこからの出発式の撮影の準備で、スタッフもみんな行かせていたんです。組織委員会の中ではなんとなく空気感として、「IOCから連絡が入ったよ」とか、なんか色々動きがあるわけですよ。そこも含めて、私は最前線で撮影させていただいて…。

――うーん。

で、3月24日ですね、もういよいよ延期です、と言われ、そこから3日間くらいは、組織委員会がどういう動きをするのか、JOC、山下会長がどういう風なことを思われているのか、ということを直で撮影させていただいて、そこから27日に一旦戻ります、と。で、「週明けてのオリンピックの組織委員会の理事会が行われるんで、監督は来ますよね?」と聞かれ、「はい、行きます」と言いながら、私はスタッフに「多分私、しばらく上京でけへんと思うよ」と、ピピピッと何か勘が働いて…。

――肌感覚としてね…。

「もう行ったらあかんで!」という感じがあったんで…。それを言って、「あとは任せたから」と言って、そこからは奈良です。

――なるほどね。まったく予期せぬ撮影もどんどんとやりながら、という流れだったんだ。現状、「延期」です。オリンピックの今後については、どのように見ていらっしゃいますか?

やっぱり私たちは今リアルに会えないんですよね。200を超える国や地域の選手たちが東京にやって来るということ自体が、今は夢のような話になっちゃった。たった数ヵ月で。これだけ飛行機が飛んでいて、24時間あれば全世界どこにでも行ける人類、これだけボーダーレスな時代、けれど、ちっちゃなちっちゃなウイルスで、こんな風に計画が吹き飛ばされてしまうという…。まだまだ脆弱な人間たち。だから私たちが生きていく中で何が一番大事なのか、というのをすごく思っていて、そういう感覚を、私はオリンピックも同じように持っているのではないかと。

――はい。

単純に私たちが肉体で競い合う、私たちの生まれ持った能力で競い合うというのは、本当にシンプルなんですよね。

――そうですね。

だから、シンプルな部分に立ち戻る。それが、いかに感動的なことかということを改めて試されていると思うし、私たちの映画もそういう風にあるべきなんじゃないかなって思ってる。

――なるほど。そもそも、肌の色や国境を超えて、スポーツというある種の言語を使ってみんなで語り合い、そこに感動が生まれるというオリンピックの原点が浮き上がった格好にはなっていると思いますからね…。

そうですね。

――そこを河瀨監督がどういう風に見つめられるのか。視点は変わってしまいましたけれど、僕としては今度はそこを注意深く観察していきたい、拝見したいなと思っています。話は変わりますが、なにしろ河瀨監督には次から次へとビッグプロジェクトがあるんです。今年は、「なら国際映画祭」が9/18日(金)から22日(火・祝)と、5日間の開催予定。このコロナ禍に、トレハンジェクトというのを、立ち上げられましたよね。

そうなんです。これはトレジャー・ハンティング・プロジェクトを略したもので、宝探しプロジェクトですね。私たちの「なら国際映画祭」は2年に1回なので、これまでに5回開催して、次が6回目。この間に奈良を訪れてくれた世界の映画監督、審査員の方々、特集上映に参加してくれた人たちなど、100人以上いるわけですよ。この人たちが今どういう状態でいるのかな。そして、9月に私たちは本当に映画祭をできるのかな。渡航規制もあって難しいかもしれない。でも、こうして私たちはリモートで顔を合わせることもできるようになったし、何かつながる感覚は出せないのかなってスタッフと話していた時に、みんなの宝物を教えてもらうのはどうだろうというアイデアが生まれたんです。立派なカメラじゃなくて、スマホでもいいから、宝物を見せてもらえれば、それを私たちがつなぎますという企画で、もう実際に公開を始めています。日本っぽくてゴメンねって感じなんだけど、大安の日に、10人ずつつなげていって、配信しています。今もう70人くらい映像をいただいているので、誰が誰とつながるかわかんないんだけど、私たち同じ地球に生きているんだね、そしてアートはこうやって人々の心をつないでいくんだねって思えています。すごくシンプルだけど、元気になるんですよ。

――さっきのオリンピックの原点の話と、このトレハンプロジェクトって、一見関わりのないものに思えるんだけど、通じているものがあるなと思いました。それぞれに違うところで、僕らはそれぞれの宝物を抱えて映画に関わっているんだけれど、映画というメディア、映像を通してつながっていくことができるんだってことを、これは文字通りみせてくれるプロジェクトですよね。

なんかね、自分の好きな風景を映す人もいるし、男性の映画監督に多いのが、自分の子どもを映す人ですね。自分の血を分けた子がそこにいて、無邪気に遊んでいる。それって、その子たちの未来を想像しているということだから、何が幸せなのか、自分にとって何が宝物かっていうのは、結局は次の世代や違う地域の人の幸せを願うということにつながっているんだと思っています。

――実は僕のところにも映画祭からご連絡をいただいていて、もう撮影したものをお送りしたので、どなたとつながるのか、今から楽しみにしています。と、僕の話はさておき、トレハンプロジェクトも、今後のなら国際映画祭自体の動きも、また番組でご案内していこうと思います。で、冒頭にお話しした最新作の『朝が来る』です。これは元々はもう6月に公開を予定されていましたが、初日が延びまして、10月23日(金)に決まったんですよね?

はい。決まりました!

――良かったです。この映画のことは、ぜひまた10月にでも、お忙しいかもしれませんが、ぜひ何らかの形で番組にご出演いただいて、また詳しくお伺いしたいです。

ほんとに?

――いや、だって、これ、辻村深月さんの原作で、今までとタッチが違うじゃないですか!

はい。

――まさかのミステリアスな話の流れなんですよね。井浦 新さんも格好良かったですよ! 永作博美さんも素晴らしかった。今、奇しくも男性監督がお子さんの映像を宝物として見せる人が多いという話がありました。『朝が来る』という作品は、実は、必ずしも家族というのは血を分け合ったものだけじゃないぞ、という問題提起の話でもあります。そのあたり、いくら時間があっても足りないんで、また公開前に話しましょう。

お願いします。ぜひぜひ。

――最後に、これからのエンターテインメントのあり方について、今感じていらっしゃること、今こうありたいと思うことなどありましたら、お聞かせいただけますか?

表現者として生きている中で、このコロナ禍という時代にあって、人間って差別や分断を経験しちゃうんだなぁ、と思ったんですね。でも、これってすごく悲しいことなんだけれど、歴史が物語っているものでもあって、まず自分が安全であることを望むというのは人間の本能としてしょうがない。それがちょっと他者を思いやることのできない発言に変わったり、行動になったりとかする。で、今、黒人の方たちがすごい被害を受けていたり、その勢いでまた黒人の人が店内を荒らしたりとか…。ものすごい状態になってしまう時に、人間は、自分たちで自分たちを陥れていれてしまう。でも、私は、そこに光を射し込むことができるのがエンターテイメントだと思うんです。

――はい。

それは、時にはやっぱりお金なんかに換算されてしまって、それはそれで辛い思いをすることもあるかもしれないけど…、いや、違うねんと。自分が朝起きておはようと誰かに言う。これも、エンターテインメントにつながる。

――うんうん。

それはね、人を思う優しさとか、未来を明るくしていこうという一歩なんですよね。そういう力に私はなりたい。エンターテインメントは、こうして経済が落ち込んだ時に一番に削られてしまう分野でもあるから…。

――そうですね。

ここはある意味、諸外国のほうが成熟していて、政府がいち早くアーティストたちの支援に乗り出していますね。特に演劇、音楽業界の人たちは真っ先に舞台を奪われてしまったということ、映画も映画館が奪われてしまったということもあって、ちょっと落ち込んで、回復には時間がかかると思います。でもね、私たちに音楽のない生活は考えられないし、映画のない生活も考えらえないと思うし、小説も絵画もそうです。それは続けていく。私の立場で行くと、続けていく、続けていくしかないし、続けていきたい。だからみんなも触れてほしい。そこから、光を届けようね。

――ありがとうございます。そうですね。僕も毎朝、生放送でBuongiorno(ブオンジョルノ)と言ってるのも無駄じゃないのかなぁという気がしました。

2人:ハハハハハ!

――挨拶をする。それを聴いてくれる人がいて、返してくれる人がいて、また僕らラジオ局の場合は音楽を通して想いを届けてもいく。これをやはり続けていかないとなって。なんか、力になりました。またうちの番組にも河瀨監督、今後とも末永く、ひとつよろしくお願いしますね。

こちらこそです! よろしくお願いします。

――CIAO765、THE SHOW MUST GO ON、初回のゲストは、映画監督、河瀨直美さんでした。

vol.46に続く

野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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