宮川サトシ ジブリ童貞のジブリレビュー vol.14『耳をすませば』

幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお、頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。  


「耳をすませば」レビュー

こんにちは、長かった梅雨の時期もようやくあけて急に暑い夏がやってきました。皆様におかれましては、変わらずジブっておられますでしょうか。

最近の私はと言いますと、どんなアニメを観てもついジブリ作品と比べてしまう厄介な癖がついてしまって困っています。まぁ癖……というか、もうほとんど病気の類い(ジブリ症候群)だと思っていて、40過ぎてジブリ童貞を捨てたにわかジブリ野郎が……と、自分でも思うのですが、実際私のジブリ観(じぶりかん)はわりと来るところまで来ているみたいです。

先日も金曜ロードショーで放映されていた細田守監督の「未来のミライ」を4歳の娘と観てたのですが、やっぱりジブリと比べながら鑑賞してしまうので、「へぇ〜……主題歌はユーミンじゃなくて山下達郎なんだ……(ニヤニヤ)」とか余計な雑念が入りまくるため、純粋に作品を楽しむことができませんでした。

特に子供の言動や仕草のディテールの違いが気になりました。細田監督がそこを意識してるのも伝わってはくるのですが、そのナチュラルさが「企画モノのAV」と「ディスカバリーチャンネルとかで見るゴリラの交尾」ぐらい違うというか……。

例えば「未来のミライ」の主人公の男の子"くんちゃん"が連呼する「好きくない」というセリフや、イェイイェイとする動き(図1)、毎回ケツを持ち上げて突っ伏して眠る姿のあざとさに、なんとなく"大人のスケべ心"を感じてしまうんですね。たぶんジブリ(ゴリラの交尾)を見てなかったらそんなこともなかったと思うんですよ。"くんちゃん"って名前もなんか……時代なのかもしれないですが、オシャレの匂いを嗅ぎ取ってしまいますね…すいません。

図1:こういうフェスで音楽にノってるような動きは、自分と他者の境界をハッキリ意識する年齢にならないとやらない気が……。

あと、これは本格的に「知らんがな」って話なんですが、この前仕事ではじめましての方々にご挨拶させてもらった時、自己紹介の中で「漫画を描いております、宮川です。宮さんって呼んでください」と、最後に余計な一言を足してしまったのも、たぶんジブリ症候群の症状のひとつだと思っています。

そんなジブリ症候群の疑いのある私が書いたレビューに、もはや何の価値があるんだ? とも思われるでしょうが……今月はなんとなくパッケージから爽やかな夏を感じられそうな『耳をすませば』(以下「耳すま」)でジブってみました。

高さんっぽいオープニング

まず、カントリーロードに乗せて現代の東京の街並みの風景から始まるオープニングを見て、高さんっぽいなぁ……と私のジブリレーダーが感じました。あ、高さんというのは石橋貴明さんのことではなく高畑勲監督のことで、誰もそう呼んでないみたいなので自分は勝手に呼んでいこうと思っているのですが、宮さんが関わっている作品(監督は近藤喜文監督)にしては、いつものファンタジー感がなく、「おもひでぽろぽろ」とか「たぬき合戦」の時の高さんっぽいなと。もしくは洋楽の懐メロを使っているからか、野島伸司脚本の金曜ドラマを見ているような感じがしました。「未成年」とか好きでしたね…。

主人公・雫(しずく)たちが住む団地の描き込みが凄まじく、人々の生活が詰まってる感じというか、蟻の巣の観察キットで人の巣を輪切りして見ているような感じがして、これが四半世紀前のアニメなのか…とドキッとしました。

つい先日劇場で見た「海獣の子供」というアニメ作品でも同じくリアルに描き込まれた細かい街の風景を見たのですが、「耳すま」のオープニングに漂う人の生活臭はやっぱり独特でした。描かれていない芋の煮っころがしとか、防虫剤のにおいまでもが画面から漂ってくるというか。……あ、また比べてしまいましたね……もうやめます! やめやめ! 悪い癖!

……ただ、雫がわりと長尺で猫を追いかけ続けるシーンあたりから、テーマがなかなか見えてこないせいか、俺は40にもなって昼間っから定職にもつかず何を見てんだろう? という、ちょっと不安な気持ちにもなりました。

ファンタジー要素も出てこないし、アンティークショップのからくり時計の精巧さをアニメで見せられても困るし……このままずっとこんな感じなの? 団地かぁ……最近大友克洋先生の『童夢』読み返してないなぁ〜……早くサイキックなチカラを持った狂人(雫たちが倒すべき敵)が出て来ないかな…みたいなことを考えていました。後半にめちゃめちゃ良いテーマが待っているとも知らずに……。

小っ恥ずかしさの全部乗せ

1周目の「耳すま」で気になったポイントのひとつとして、登場人物たちがやたらと頬を赤く染める姿が印象的でした。デーゲームの外国人選手が頰に貼ってる照り返し防止のシールぐらいの面積で頬を赤く染めているので、あぁ、これはあえてやってるなと。思春期の小っ恥ずかしさがこの映画のテーマのひとつなんだなと気づきました。

そう思って何度か見返して、私の中で「耳すま」の恥ずかしかった箇所をざっと挙げてみますね。

・雫の自作のカントリーロードの日本語詞(初稿)の字余り感

・それを友達と一緒に外で歌い始める青さ

・同級生の男の子(聖司)が弾くバイオリンに乗せて自作の日本語詩バージョンのカントリーロードを合唱団の子みたいな歌い方で歌う気概

・そこに突然楽器でジャムって入ってくるおじいさんたち

・野良猫に「猫くん、君は私に似て可愛くないね…」と、やや自分に酔い気味に語りかける雫

・ムーンという猫の名前のネーミングセンス

・聖司君とおじいさんがたまに雫に飛ばす日本人のウィンク

・苗字で呼んでたのを唐突に下の名前で呼び始めるその切り替えのタイミング

・雫が出かける時に被っていたカンカン帽

・完成した小説を「今すぐ読んでください!」とおじいさんに強引に読まようとした時に一瞬漂うやや迷惑な空気

・聖司に出会った直後、やな奴! やな奴! って雫が怒っている時に流れる変な電子音のBGM(ヘッドフォンで何度か聴くうちにカッコ良い曲な気もしてきました)

……皆さんはいくつ当てはまりましたか?(別に当てはまらなくても全然いいんですが…)

個人的には意外と中学生の恋愛模様、甘酸っぱい部分についてはそれほど反応しなくて、たぶんそれは私の恋愛センサーが壊死(えし)しているからなんだと思いますが、そうでもなくても「耳すま」に散りばめられている〝小っ恥ずかしさ〟のリアルな描写はあまりに絶妙で、私も自分の中学生の頃を思い出して少し顔が赤くなりました。

当時はカラオケ文化が入ってきたばかりで、それでもまだまだ人前で歌ったりすることなんて、教壇の上で四つん這いになってクラスメイトに肛門を見せるのと同じぐらい恥ずかしい行為でした。

こうしてこの作品のレビューを書いてるといろいろ思い出して、壊死していた恋愛センサーまでもが蘇るようです。好きだったクラスの女子に「宮川君は誰が好きなの?」と聞かれて、動揺してなぜか「山瀬まみ」って思いもしない返答をしてしまったこと、その反省を活かして、同じシチュエーションが訪れたら毎日一文字ずつ相手の名前を伝えようと決めて、そんなシチュエーションはその先二度と訪れなかったこと。あと、相手の名前を一文字ずつ伝えるって演出も、40過ぎた今思うえば相当イタイなって今更ながらに気づいたこと……この映画を見なかったら、棺桶の中で見る走馬灯でももしかしたら思い出さなかったかもしれない。自分の中の壊死した部分が、低周波治療器でジクジク刺激される感じがしました。

私の原石の部分を晒すので見てください

ボーイフレンドの聖司がバイオリン作りの夢を追いかける姿を見て、勉強も放り出して荒削りでも自分を表現して小説「耳をすませば」を書き上げた雫。

そんな姿を見て私も触発されたので…今回はジブリエッセイ漫画ではなく、私が初めて書いた漫画(というかコマ割りもしてないので漫画にもなってないですが)、私が初めて自分を表現した初期衝動・磨かれる前の原石を見てください。

塾講師として働いていた30歳。学生の頃から抱えていたモヤモヤ、何か表現して外に出さないと…でもどうしていいかわからず、塾の生徒が使う計算用紙の裏に誰に見せるともなしに描いたお話です。

結論:他人の恋愛は改めてどうでもいいなと思いつつも、じぶんの娘が15才になったら必ず見せようと思えた作品

正直、これまでのジブリ作品に比べると物語の展開ものっぺりしているし、小っ恥ずかしい思いを埋め合わすために、昔描いた漫画とか掘り起こし始めて部屋の大掃除まで始まってしまうので、トトロやポニョのようにそう何度も繰り返し見ることはないかもしれません。

ただ、後半に見えてくる「思春期のモヤモヤ」「初期衝動と原石」というテーマは個人的に大好きなやつで、これはおっさんになってからではなく、雫と同い年ぐらいの、15才の頃に見たかったなと。鑑賞する時期を逸すると勿体ない作品のように感じました。

自分の中でのイメージはあんなにも膨大に膨らむのに、書き出してアウトプットしてみると至らないところだらけで、こじんまりとしてしまう初期衝動。それをおじいさん(人生の大先輩)にやんわりと優しく指摘されるあの感じ。

私の娘も幼稚園が夏休みに入って、毎日机に向かって、誰にも媚びない色で描き殴るように塗り絵をしたり、我々家族の顔と名前を狂ったように折り紙の裏に描きまくったりしています。

先日は「ピアノを弾いて歌えるようになりたい」と、ついに西田敏行みたいなことを自分から言い始めました。

いつか娘が進路を決める年齢になったら、この「耳すま」を見せてあげようと思います。もしくは聖司のおじいさんがした"磨かれる前の原石の話"を丸パクリして話してあげよう。

雫の父が食卓を挟んで娘に伝える「人と違った生き方はそれなりにしんどいぞ」という助言も、おっさんの私にもグサッと刺さります、言葉少ないあの父が言うから尚更クール。

自分は「ただ人生なんてものは後からなんとでもなるけどね」と、最後につけ添えて伝えてあげようかな……。

vol.15に続く

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vol.1 ジブリ童貞レビュー  

vol.14 『崖の上のポニョ』

vol.13 『かぐや姫の物語』




宮川サトシ
宮川サトシ
漫画家。エッセイ『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』『情熱大陸への執拗な情熱』『そのオムツ、俺が換えます』/原作『宇宙戦艦ティラミス』『僕‼︎男塾』など。現在、週刊新潮にて『俺は健康にふりまわされている』を連載中
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