アートはビジネスツールか否か? 世界のエグゼクティブのアート事情

アートは単なる商品ではない。マーケットには独自の"掟"が 存在する。世界的アートコレクターとして名を馳せる前澤友作氏の もとで購入をサポートする、渡部ちひろさんに話を聞いた。


アートを買うために必要なものとは?

潤沢な資金さえあれば、アート作品を思いのままに買えるのか? 答えはNOだ。オークションの場合はビッドを制した者が作品を手中にできるが、アーティストと契約を結んだギャラリーから購入する場合は、そうはいかない。

人気アーティストの作品には、順番待ちの"ウェイティングリスト"が存在します。でも、リストどおりに事が運ぶとは限りません。アーティストやギャラリーが"優先すべき"と考える買い手が出てきた場合は、いきなり上位にリストアップされることも。つまり希望する作品を購入するためには、彼らとの関係性を深めることが重要です」

そう話すのは、現代芸術振興財団にてディレクターを務める渡部ちひろさん。同財団ファウンダーの前澤友作氏の指示を受け、作家・作品のリサーチ、価格交渉、購入、各種手続きなどを担当している、前澤氏の右腕ともいえる存在だ。

アーティストを訪ね、世界各地を飛び回る渡部さん。

「アーティストやギャラリーの方が"あなたに持ってもらいたい"と判断する材料は、コレクション作品数だけではありません。それよりも、買い手が作品を長く大切にしてくれる人なのか、作家のキャリアに貢献してくれるのか、ということを知りたがります。アーティストやギャラリストが集まる場に積極的に足を運び、前澤のアートやコレクションに対する姿勢や、財団での活動について、より多くの人に知ってもらえるよう努力することも私の大切な役割です。もちろん前澤自身も時間が許す限り、アーティストを訪ねています」

雑誌「ゲーテ」では、前澤氏が案内人を務め、アーティストの制作現場を訪ねる「現代アート、聖地巡礼。」を連載した。そこには、錚々たるアーティストが名を連ねた。ダミアン・ハースト、アントニー・ゴームリー、ジョー・ブラッドリー、ジェフ・クーンズ……。アーティストと信頼関係が築けていなければ誌面に登場してもらうことは不可能、ましてやスタジオを見せてもらうなど考えられないことだ。

新しい才能に出合うためCAF賞を立ち上げる

アーティストが前澤氏を信頼する理由には、アートを心底愛し、若手の支援に積極的であることも挙げられる。

「前澤はまったく無名の若手アーティストの作品も購入しています。購入の理由を聞くと、決まって"好きだから"と答えますね。世界的な著名アーティストであっても、若手であっても、好きなものを買う。そのスタンスは変わらないんです」

2014年には現代芸術振興財団アートアワード「CAF賞」を設立。高校、大学、大学院、専門学校の学生を対象としており、今年で5回目を迎える。

「このアワード、実は"若手支援"や"若手育成"などという大げさなものというよりは、新しい才能に出合うきっかけとなり、アートをより多くの方と一緒に楽しむことのできる機会を増やしたいという気持ちでやっています」

昨秋のCAF賞2017入選作品展の会場風景。前澤氏が所有するバスキア作品が公開され、話題を集めた。 受賞者には賞金のほか、個展開催の機会、海外渡航費用などが授与される。Photo by Keizo Kioku

2018年11月に開催された「CAF賞2018 入選作品展」では、『LOVE』の彫刻で知られる現代アーティストで、今年5月に亡くなったロバート・インディアナの追悼展を同時開催。さらに前年のCAF賞で最優秀賞を受賞した木村翔馬の新作展も行われる。賞を贈与して終わるのではなく、継続して作家のキャリアに貢献していこうとする姿勢がうかがえるのだ。

今、世界のエグゼクティブはアートに夢中だ。ただし、そのなかには「ビジネスに活用できる人脈づくりのために」と、目的が先に立っている人も多い。だが、好きであることこそ肝心。

「"好き"というパッションがあるからこそ、アーティストやコレクターと会話が弾むし、人間的な深い部分で理解し合える。それが結果として、思わぬコネクションを生むこともありますが、まずは、アートを愛する純粋な気持ちが何よりも重要なのだと思います」

Chihiro Watanabe
1988年生まれ。公益財団法人現代芸術振興財団ディレクター。慶應義塾大学にて美学美術史学を専攻。2014年より現代芸術振興財団勤務。前澤氏の作品購入をサポートするほか、展覧会の企画など業務全般を担当する。

Text=川岸 徹 Photograph=後藤武浩(渡部さん)