味のある家、豊かな人生。 <自宅編2>


ミヨシコーポレーション代表取締役社長 三好征吾の
昭和と平成の最上級をちりばめた家

 都内でも有数の高級住宅地として人気が高い成城。その一角に、三好邸が完成したのは1977年のことだった。当時、地下2階分も掘って土台をつくっていたことから「地下鉄の工事か?」と噂された。

 「この家はクラシックなヨーロピアンを愛する、父の趣味をすべて注ぎ込み建てられたものなんです」

サイドボードはフランスから個人輸入したもの。中に並んでいる磁器はほとんどがリモージュ。またグラスはベネチアングラスやバカラなど。「この磁器がフルセットで並んだのを見たのは、皇族の方が食事に見えた時ぐらいかな。僕自身はなかなか使う機会がありません」

 と、現在の家主である息子の三好征吾氏。当時、個人住宅は請け負わなかったという竹中工務店の社長と懇意であった父、三好三郎氏が、当時の金額にして7億2000万円かけて建設を依頼して建てた家だ。

 「父はヨーロッパの美術やインテリアが大好きな人で、まだ日本に代理店ができる以前から、バカラやバング&オルフセンなどを、個人的に買いつけていた人なんです」

 約99平方メートルのリビングルームの床はトルコから輸入した大理石。窓を飾る重厚なカーテンは、パリのリッツ・カールトンを通じて布を選び、日本でただひとり加工ができる職人を見つけて縫製を依頼した特注のなかの特注といえる品。天井には中世パリの城さながらにモールディングが施され、3つのバカラのシャンデリアが下がっている。さらに床にはペルシャ絨毯が敷かれ、サイドボードの中にはベネチアングラスやリモージュの食器が淡い輝きを放ち、「30年以上置いてある」という超ビンテージのレミーマルタンXOが並ぶ。

 「当時、この広さで間に柱のない家は珍しく、そこにも父のこだわりが見えます。このリビングでは一度、皇族の方や中曽根元総理などを招いての食事会も開かれていました。僕はもともとバカラなインテリアが好みなんですが、この部屋の完成された父の世界観や思い出は、ずっと大切に守っていきたいと思っています」

家族の記憶に寄り添いながら新たな歴史をつくり出す

パリで買いつけたタペストリー。階段の手すりにまで装飾が。

 幅約2メートル、高さ1.3メートルの大画面でボリュームは60というかなりの大音量まで上げる。大迫力の映像と音楽で、ライブ会場にいるような気分が味わえる。

 「iTunesで購入した4000曲がパソコンに入っていて、リビングのプレーヤーにも2階の自室のプレイヤーとも連動している。でも何より、ヨーロピアンな空間で爆音のロック! このギャップが最高なんです(笑)」

 実はこの趣あるリビングはそのままに、三好邸は近々リノベイトに入る予定とか。まずは第一期として1階の奥にあるキッチンと広い中庭を変える。

 「せっかくの家なんで、僕が寝に帰るだけでなく、庭でパーティーを開いたり、少人数の料理教室や高級ケータリングができるスペースにしたいなと考えて。今は、郊外に住む父も、もちろん賛成してくれました」

 第二期は2階のお風呂とベッドルームを改装予定。

 「風呂は自分の好きなデザインと機能にリノベイトしたい。父がつくった家はとても個性が強いので、ここまで強いと根底から変えようとは思わない(笑)。だからこの家に寄り添いつつ、僕自身も快適に過ごせる家にできたらと思っています」

 と言いつつ、3歳からこの家で育った三好さん。寛(くつろ)ぐその姿は、ヨーロピアンな空間に、しっくりなじんでいる。

DATA
 所在地:東京都世田谷区成城 
 敷地面積:595.04平方メートル 
 延床面積:約297.52平方メートル 
 設計者:竹中工務店 
 構造:鉄筋コンクリート造
SEIGO MIYOSHI
1974年生まれ。創業64年となるミヨシコーポレーションを父から受け継ぎ、サバティーニ・ディ・フィレンツェ東京など現在国内に28店の飲食店を経営。趣味はゴルフ、トライアスロン、音楽鑑賞。

ドットール・ヴラニエス創設者 パオロ・ヴラニエスの
光と香りが各部屋に充ち溢(あふ)れる家

ネオクラシック様式の家具とシャンデリアが調和するリビング。ソファはオーダーメイド。

 フィレンツェを北東へ向かうとやがて丘の上に見えてくる小さな村、セッティニャーノ。古い町並みが残る風光明媚な景色に魅了され、多くの芸術家が逗留したことでも知られる場所だ。ここに調香師、パオロ・ヴラニエス氏の自邸がある。高級ルーム・フレグランスで有名なブランド「ドットール・ヴラニエス」の創設者だ。

フィレンツェを北東へ向かうとやがて丘の上に見えてくる小さな村、セッティニャーノ。古い町並みが残る風光明媚な景色に魅了され、多くの芸術家が逗留したことでも知られる場所だ。ここに調香師、パオロ・ヴラニエス氏の自邸がある。高級ルーム・フレグランスで有名なブランド「ドットール・ヴラニエス」の創設者だ。

 インタビューの約束は早朝。エスプレッソを片手に本人が玄関先に現れた。そしてリビングへ......と思いきや部屋を通過し通されたのはテラス。そこにはフィレンツェを掌にのせて眺めるかの絶景が広がる。個人邸でこの眺望を所有するとはなんという贅沢か。

2世紀前の住人も眺めたフィレンツェの絶景を独占

フィレンツェの街を一望できるテラス。大聖堂のドームも遥かに望むことができる。

 街の中心、ピッティ宮近くに住んでいたヴラニエス氏がセッティニャーノの丘に越してきたのは2006年のことだ。

 「市内の喧騒と隣り合わせに住むことに疲れたのです。ここは静かで見晴らしもよく別世界です。19世紀に建てられた家を3年かけて改築しました」

 フィレンツェの建築デザイン事務所「ストゥディオ・ディモーラ」が手がけたインテリアは、格調高いネオクラシック様式でコーディネイトされている。調度品は、世界のオークションハウスからカタログを取り寄せ、夫妻が気に入れば入札してきたという。瀟洒(しょうしゃ)な屋敷の習慣に倣わず、窓全開で夏の陽光を採り入れ、その光を受けて輝くシャンデリアやガラスのオブジェもあちこちにちりばめられている。

 「ここトスカーナ州はエンポリなど、ガラスとクリスタルの名産地でもあるのですよ」

 確かに「ドットール・ヴラニエス」のボトルも、こだわりのエンポリ製のガラスだ。氏とガラスの付き合いは長い。

 「子供の頃、祖父が大切に保管していた香水瓶コレクションをこっそり覗くのが好きでした。ある時ガラスケースに鼻をくっつけている僕を見つけて、祖父がケースの鍵を開けてくれたのです。200以上あった香りの違いを理解しました」

DATA
 所在地:イタリア フィレンツェ
 敷地面積:350平方メートル
 延床面積:250平方メートル
 設計者:Studio Dimore Firenze
 構造:煉瓦造
PAOLO VRANJES
ボローニャ生まれ。薬剤師、調香師。1983年フィレンツェに「Antica Officina del Farmacista」を設立。「ドットール・ヴラニエス」のルーム・フレグランスは、最高品質の天然オイルの調合とフィレンツェの職人が生むボトルで世界的な評価を得ている。

Text=今井 恵、Kaoru Tashiro Photograph=高島 慶(Nacása & Partnaers)、Maxime Galati-Fourcade

*本記事の内容は15年8月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)