是枝裕和 祝! パルム・ドール ~野村雅夫のラジオな日々vol.8

現在、大阪のFM802を中心に、ラジオDJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得した是枝裕和監督がFM802『Ciao Amici!』(チャオアミーチ)に出演。早速、『万引き家族』について話を聞いた


『万引き家族』にみる共感と正論

「21年ぶりの快挙」

そんな言葉が紙面を賑わせた。今村昌平監督の『うなぎ』ぶりとなる、是枝裕和監督のカンヌでのパルム・ドール。

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大学で映画論を学んでいた僕にとって、是枝さんは新作を発表するたびにワクワクさせてくれた、同時代を生きるヒーローだ。我がことのように、受賞を勝手に喜んでいた矢先、FM802の映画担当者から「インタビューできることになったから、雅夫行って来い」との司令が飛んできた。僕は光の速さでそれを承諾し、「時差ボケなんだよね」とはにかむ監督の前に座らせてもらうことになった。

たかぶる気持ちを抑えながら、限られた時間の中で、『万引き家族』の技術的な側面に焦点を当てて質問をぶつけたところ、監督はとても朗らかに、そして真摯にわかりやすく答えてくれた。6月11日(月)、僕の番組Ciao Amici!(チャオ・アミーチ)で放送したインタビューの模様を、こちらでもお楽しみいただきたい。僕と監督のやり取りの前に、映画のストーリーやキャスト・スタッフなど、概要をまとめておく。

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『万引き家族』

犯罪でしかつながれなかった家族。高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、柴田治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込む。彼らの目当ては、この家の持ち主である祖母の初枝の年金だ。足りない生活品は、万引きで賄っていた。社会という海の底をひっそりと漂うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。そんな冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼いゆりを見かねた治が家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく。(公式サイトより)

監督・脚本・編集:是枝裕和
撮影:近藤龍人
音楽:細野晴臣
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、高良健吾、池脇千鶴ほか

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ーーはじめまして。よろしくお願いします。まずは、カンヌ国際映画祭、最高賞のパルム・ドール受賞、おめでとうございます。

「ありがとうございます」

ーー僭越ながらと言いますか、僕はFM802でずっと映画の批評みたいなことをやっておりまして、年度ごとに、その1年を総括する「マサデミー賞」なるものを実施しているんです。実はですね、2015年の『海街diary』で作品賞を獲得されているんですよ。是枝さんは何となくしかご存じないとは思いますが。

「ハハハ。そうでしたか。ありがとうございます」

ーー監督はこれまでほとんどすべての作品において、「家族」を描いてこられました。ただ、いわゆる「普通の家族」像みたいなものから、どこかしらはみ出している家族が多かったように思うんですが、こうして同じモチーフにこだわるのはなぜなんでしょうか。

「あんまり、こだわってる印象はないですし、普通じゃない家族を描いているつもりも、実はそんなにないです。ていうか、『普通』っていうのが、ちょっとよくわからないんだよなぁ。家族が家族を意識するのって、たぶん、誰かが欠けた時で、その欠けたものを誰かが埋めようと思う時に、おそらく、父であるとか、母であるとか、っていうのを意識するんだろうなって思ってるんですよ。そういう瞬間に家族が動くので、その動きのある瞬間を撮っていったほうが面白いというのがあって、それがもしかすると「普通じゃない家族像」っていうふうに見えているのかもしれない。ただ、『こだわり続けている』と言われると、確かにそういうこともあるのかもしれないんですけど… たとえば『誰も知らない』という映画では、子ども目線で作っていたんですけど、その後、自分の両親が亡くなって、逆に自分に子どもができてから撮ってる家族ものって、父親目線に変わってきていたりして。自分の実人生における、いろんな家族をめぐるできごととか、30代、40代、50代と年を重ねていった時に、やっぱり見えてくる家族像って変化していくんです。なので、その都度、撮ってるものは新鮮ですよね。それが面白いから、もしかすると続いているのかもしれません」

ーー「普通がよくわからない」とおっしゃいました。実際、そういうものなんだろうと思います。僕も、こういう風貌で野村雅夫であり、僕にとっての当たり前の家族が、周りから見ればそうじゃないですし。日本でも、いわゆる「標準的な家族」なんてものは、もう必ずしもスタンダードではないと思うんですよ。

「そうですね。「サザエさん」じゃないんだからね」

ーー 一方で、日本ではまだまだ家族というものに対して古い価値観が幅を利かせている現実もありますよね。『万引き家族』では、メディアの報道の仕方、そして高良健吾さんと池脇千鶴さんが演じる公権力側のキャラクターが、「家族ってこういうもんですよね」っていう「正論」を並べ立てていく。あのあたり、僕は観ていてイラッときました。パンフレットを拝読していると、是枝監督は今回「怒り」をご自身の感情のベースにして撮影されたそうですね。僕の感じた、そして観客が感じるだろう苛立ちは、その「怒り」に通じるものがありますか?

「そうだと思います。わかりやすく、喜怒哀楽だったら『怒』だと言いましたけども、たぶん『違和感』だと思いますね」

ーー違和感。

「そう、違和感。あの家族はもちろん犯罪者集団なので、逮捕されれば断罪されて刑務所に入るだろうなというのは、その通りだと思います。だけど、もう少しあの家族に近づいてみた時に、単純にそうやって断罪して排除するだけでは済まない、感情のディテールとか、人間のつながりとかが見えてくる。その時に、あの家族に対するある種の共感が観客に芽生えるかもしれない。一方、今おっしゃった高良さんと池脇さんが演じる社会の側があの家族に『正論』や『正義感』を向ける。彼らはそれを『やさしさ』だと思っているかもしれないですけどね。普段、僕らはそこに立っているから、そのふたつの眼差しと感情(共感と正論)に、観ている人が引き裂かれてほしい。そういう意識で作っていました」

ーー高良さん、池脇さんの迷いのない表情が印象的だったんですよ。自分の今言っていることに対して、「もしかしたら間違っているかな」とか「そうじゃない見方もあるかな」というのが感じられない。そういう正論って辛いな、と。主人公たちがそうして権力側と対峙せざるをえなくなった一連のシーンにおいて、カメラ目線ギリギリのところまで、カメラと登場人物を向かい合わせにするような演出がありましたね。これは是枝さんが決めたアングルなのか、それとも、今や日本を代表するカメラマンの近藤龍人さんなのか、どちらのアイデアだったんですか?

「近藤さんです」

ーーこれは劇映画ではかなり大胆ですよね。もしカメラ目線になってしまうと、ドキュメンタリーというか、インタビューっぽくなっちゃうから。

「そうです。劇映画が壊れかねないポジションです」

ーーそのアイデアを採用したのは、是枝監督です。迷いはありませんでしたか?

「なかったです。それは役者が強いからですね。あそこで(カメラが)正面に入ってインタビュー形式で撮っても、(役者が)素に戻らないっていう。要するに、松岡茉優に、安藤サクラに戻らずに、亜紀であり、信代であり続けられるっていう女優だったから、全然そこは崩れない」

ーーあのシーンは撮影全体でも終盤だったんですか?

「終盤です。あの家族の描写がほぼ終わったところで、あれを撮ってますし、何を聞かれるかは彼女たちには知らずに座ってもらって、向かいにいる高良さんや池脇さんに僕がホワイトボードにその場でマジックで質問を書いてひとつずつ見せながら、リアクションを撮っていくというやり方でした。そこまでしても、崩れないですから。それは役者として感情表現をしているので」

ーーすごいですね、それは。でも、これは信頼関係ができあがっていて、撮影ももうずいぶん消化した後なので、余計に自信を持ってできる演出ですよね。

「そうですね。自信を持ってカメラ・ポジションを決められていると思います」

ーー続いて、音についてもうかがいます。以前、『海よりもまだ深く』でマサデミー賞歌曲賞を取られた時にハナレグミの永積タカシさんが番組に寄せてくれたコメントで、「是枝監督の音の演出がすばらしい」とおっしゃっていました。今回も非常に小さくて細かい声まで拾う録音で、僕も耳をそばだてながら、映画を楽しみました。

「ありがとうございます」

ーー特に、あの一家が住んでいる平屋の中でのボソボソみんな喋ってる言葉たち。全部拾ってるわけですよ。まさかとは思いますけど、台本の段階で全部用意しているわけじゃないですよね?

「あそこの喋りですか? 一応、台本あります」

ーーじゃあ、皆さんは、台本を頭に入れて、「あたかも今自然に」ということをやられてるんですね。

「そうです。ハハハ。だから、役者が上手いんですよね」

ーー両方の上手さがあると思うんですよ。カメラをほぼ真正面に向けられての生に近いリアクションを要求されるところは台本じゃないじゃないですか。でも、家の中のいかにも自然に見えるところには実は台本が用意されている… …まいりました。そして、監督にとって念願だったとうかがっていますが、細野晴臣さんに今回は音楽をお願いされました。こうしてくださいという具体的な要求はしていなかったと聞いているんですが、細野さんは編集が終わった段階で音を付けられたんですか?

「音楽を作られたのは、繋がった画(え)を見てからですね」

ーー「どこに」という指定はされたんですか?

「しました」

ーーサントラと言いながらも、曲の数は多くないですよね。

「多くないです。それは、細野さんが僕の編集したものを見られた時に、「これはドキュメンタリーみたいだし、音がすごく丁寧に作られているので……」と褒めてくださって、『音楽いらないね』って言われちゃったんです。フフフ」

ーーあららら。せっかく頼んだのに。

「そう。これはヤバイぞ。『はい』って言っちゃったら、作ってくれなくなるなと。ただ、それでも、とてもいい形にしてくださいました。ウェットになりすぎない。あの東京の下町の貧しいけれど豊かな、という複雑なものに、非常に詩的な曲をつけていただいたので、ただのリアリズムではない形で映画を膨らませてくれたなと、今回は思っています」

ーーインタビューを読むと、近藤カメラマンも、寓話性を持たせるために、つまり、リアリズムに寄りすぎないように色味を調整されたとおっしゃっていたと思うんですが、そういう役割を音楽も結果的に担ったということでしょうか。

「だと思います。映画の中で、『スイミー』という、レオ・レオニという絵本作家の、あの教科書によく載ってる、水底にいる小さな魚たちの話を、ちょっと引用して朗読する瞬間があるんです。僕のイメージとしては、あの家族が、海の底にいる小さな魚たちが身を寄せ合っているという。決して善人ではないですけれどもね。その彼らがキラキラ太陽の光を浴びている、水面を見上げているという、ひとつのイメージがあったんです。音楽はたぶん、そういう僕のイメージに寄り添ってくれていると思います」

ーーもしこれからご覧になる方は、今のお言葉を聞いて、音楽を楽しむと、より味わい深くなるんじゃないかなと思います。

「そうかもしれませんね」

ーー最後の質問です。編集について。監督が担当されていますが、思った以上に、もしかしたら今まで以上に、余韻をあまり作らずにスパッと切って、次のショット、シーンに移行することが多いように僕は感じました。そういう方針は当初から? あまり引っ張ると冗長になってしまうということですか?

「そうです。ためてのばしてるところは3ヶ所くらいだと思うんですけど、それ以外は展開を早くしようと今回は考えていました」

ーーこれからご覧になる方は、逆にどこでのばしたのかというところに注目されると面白いかもしれませんね。映画『万引き家族』は今公開中です。今観ないと!

「映っているすべての要素がとてもうまく融合している映画だと思います。特に役者さんたちのアンサンブルが本当にうまくいったなと思っていますので、ぜひそれを観に、劇場に足を運んでください」

ーーおそらく、今年度のマサデミー賞でも、何かの主要部門に絡んでくると思いますし……

「ぜひお願いします!」

ーー今日はありがとうございました

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実物のパルム・ドールを手にした記念撮影の準備をしている間、僕が思う編集が最も鮮やかで印象に残っている場面を伝えてみた。安藤サクラ演じる信代が、職場の休憩時間に、同僚たちととりとめのない会話をしているシーンだ。クスリと笑ってしまう、鮮やかな切れ味だった。

「あそこね。ちょっとやり過ぎたかな。どうだった?」

まさか、監督から逆に質問されるとは思わなかったけれど、僕が「素晴らしかった」と返すと、「そうか。良かったあ」と喜ばれた。僕はますます是枝裕和という人が好きになった。


是枝裕和さんとのとのトークはコチラから

FM802 Ciao Amici!(チャオアミーチ)番組ホームページ

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野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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