石原慎太郎、「鎌倉の盲点」を指摘 湘南 PART2

 

(PART1から読む)

湘南という漠たる地方の要は何といっても日本の三大古都の一つの鎌倉に他なるまい。首都東京に間近な鎌倉は関東随一の観光地だが人口に膾炙(かいしゃ)されているようで、案外盲点のような魅力に満ちているのにそこを訪れてみても観光客に出会うことは少ない。鎌倉の名所といえばまず何といってもここに幕府を開き京都の公家どもの国家支配を覆し、この国の歴史の資質をかえてしまった頼朝の精神的拠り所だった鶴岡八幡宮だろうが、そこに向かう参道の段葛(だんかずら)という、大幅な車道の真ん中に一段高く造られた歩道は他に見られぬもので、その一区画離れて平行してつらなる小町通りは最近観光客でやたらにごったがえす体たらくでうんざりだが、あんな所をうろついて何が観光かと思わされる。折角古都鎌倉を訪れたのに一体何が満足かと疑わしい。折角足を延ばして来て訪れるならもう少し綿密な資料を手にして古都を彷徨(ほうこう)したらと思うのに。

鎌倉といえば八幡宮に次いで長谷の大仏ということか。私も子供の頃北海道の小樽から湘南の逗子に引っ越してきてすぐに両親に連れられて鎌倉を訪れ八幡宮に次いで大仏見物をしたものだが、事前に母親から聞かされていた、与謝野晶子の『鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼(しゃかむに)は 美男におわす 夏木立かな』という短歌の通りあの巨大な大仏が端整な顔立ちなのに頷かされたのを覚えているが。

しかしその他に鎌倉には盲点に近い魅力的なスポットが沢山あるのに案外に知られてはいない。まず鎌倉の北端の北鎌倉にも鎌倉五山の内の建長寺、円覚寺の二つがあるが、駅のすぐ前、円覚寺の奥の舎利殿は建物そのものが国宝だが、あまり訪れる者もいない。私が当時の住職だった朝比奈師を用あって訪れた時、入門を願って庭詰している若い僧を見掛け印象的だったものだ。それを目にしてある短編小説を書いたものだったが。

北鎌倉の外れの、昔難に遭った女たちが逃げ込んで匿われたせいで駆け込み寺ともいわれた東慶寺も、大伽藍(がらん)はないがなかなか風情のある寺で何を見込んでか鎌倉に住んでいた有名な文士、小林秀雄や高見順など鎌倉ゆかりの有名人たちのお墓が沢山ある。別棟にある水月観音も仏像らしからぬ情緒的な仏像で他では滅多に見られぬ仏様だが。

その先の建長寺を過ぎて山に登ると天園というハイキングルートが開け、それを登って峠を越すと鎌倉の谷戸(やと)に下る。鎌倉にはいくつかの谷戸があるが、鎌倉の谷戸は逗子や葉山のそれと違って懐が深く、海が遠いせいで潮風が届かず緑が濃く潤いがあってなかなかの風情だが。

鎌倉に多い寺の中には竹寺と呼ばれる報国寺とか、住職の見識で観光客を滅多に入れずにいる覚園寺のように味わいの深いお寺がいくつもある。

私にとって鎌倉の魅力はかつて逗子に住まいしていた頃、当時の日本には文壇なるコミュニティーが存在していて文壇ゴルフとか文士劇などという催しが盛んで私も若くして世の中に出られたおかげで文士付き合いをさせてもらったものだった。当時の文士の多くは何故か鎌倉と中央線沿線に住まいしている者が多く、世に鎌倉文士、そして中央線文士と呼ばれていたものだ。

私も鎌倉の一つ先の逗子に住まいしていたせいで、まさに鎌倉文士の一人で、当時文士の溜まり場だった銀座のバーの『エスポワール』や『おそめ』にもよく出入りして飲んだくれ終電の横須賀線に乗り込み、鎌倉文士たちと一緒にグリーン車で歓談して帰るのが無類の楽しみの一つだった。

鎌倉文士の小林秀雄、今日出海、永井龍男、高見順、漫画家の横山隆一、その弟の泰三、それに葉山在住の作曲家の團伊玖磨などといった常連の顔触れで、東京から鎌倉までの一時間は何とも充実した時間だった。

私は批評の神様とまでいわれていた小林さんを皆が恐れおののいている中で、前にも記したが彼にいびられている水上勉を救うために喧嘩を売り逆に気に入られ、小林一門に加えられたものだが、いずれにせよ鎌倉は私の青春の舞台だった湘南の核として忘れがたい町だった。

鎌倉といえばその魅力は何もお寺の散在する市中だけでは決してない。稲村ケ崎を過ぎてその先に広がる七里ヶ浜沿いの魅力も素晴らしい。鎌倉の海岸といえばまず八幡宮の一の鳥居の右手の由比ヶ浜だろうが、この浜辺は夏場海水浴で賑やかでも知られたもので、江ノ島までの七里ヶ浜の展望は沿線に点在する洒落たレストランやブティックを合わせると日本の他にはない、なかなかのものだ。

私はかつて船で出向いた初島に仮泊した時、初島にある博物館で相模湾の海溝の立体図を見たが、相模湾全体は変化に富んだ複雑なものだが鎌倉一円の海は概して遠浅で、そのせいで鎌倉の海の沖合も遠浅で、関東大震災の時に津波が襲い材木座海岸を散歩していた有名な文人が津波にさらわれて死んだという記録もある。七里ヶ浜の沖合も同じことで、だから高い波が立つ。そのせいでサーファーたちには人気のスポットで長い砂浜のあちこちに彼らの姿を見る。

台風前のある時、海浜のサーファーショップが大型の投光機で沖合のサーファーたちを照らしだしていたが、なかなかの見物だった。馬鹿な警察が禁止してしまい以後それを見ることがなくなったが、あれは七里ケ浜、湘南ならではの光景だったが。

その先の江ノ島については最早いうこともない。あの島は江戸時代からの観光地で鎌倉に次ぐ湘南の名所だが、最近では橋もかかり、大がかりなスパまで出来て俗悪の極みだが。

いずれにせよ湘南というのはこの日本では最も恵まれた粋な素晴らしいエリアといえるに違いない。私にいわせれば日本のコートダジュールというべきだろう。


Shintaro Ishihara
1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した『太陽の季節』により第1回文學界新人賞、翌年芥川賞を受賞。著書に『亀裂』『完全な遊戯』『化石の森』『刃鋼』『生還』、ミリオンセラーとなった『弟』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』など。近著に85万部を超え、なお大ヒットの『天才』、本誌での連載をまとめた『男の粋な生き方』がある。

Photograph=内田裕介

*本記事の内容は16年7月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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