【特集グッチ】脳科学者・中野信子×経営学者・一條和生が分析するGUCCI<後編>

落ちる林檎からニュートンが万有引力を発見したように、グッチ現象も多くの示唆に富んでいる。脳科学者と経営学者が紐解く、グッチという生きた学問 。


グッチの服が提示する新時代の生き方や価値観

中野 服にはふたつの軸があり、ひとつは普段どれだけ機能的に使えるかが重要な消耗品としての服、もうひとつは自分を表現するためのアートとしての服です。極論では後者には普段着られる要素は不要であり、多くのファッション関係者もそれを知っているはずなのに、そちらに振り切ることができない。それは一條先生がおっしゃった形式知が足を引っ張るからです。こういう服が今まで売れてきたというデータがあるから、それは捨てられないと。ミケーレの天才性は、そこを完全に切り離してしまったところにもあると思います。

一條 ファッションは機能性だけを追求すると価格競争が起き、どんどん安価になっていく。そのなかでグッチのようなブランドが生き残るには、思想性や極端に強いメッセージが必要なのでしょう。目立つために来年また着られないかもしれないが、瞬間瞬間の強烈なメッセージが込められた服。ジェンダーレスなデザインもその一環かもしれない。それは、男性用と女性用という、服に関する固定観念を超えたという点で革新的です。

中野 脳科学では、ジェンダーは後天的に学習する部分のほうが多いのではないかという議論があります。男女の脳は確かに違う部分がありますが、その差の優位性はわずかではないかと。そんなジェンダーを学ぶひとつのきっかけが服なのです。またデジタル空間では自分の性とかけ離れたところでコミュニケーションできるため、そうした環境で育った世代は身体的制約に対する意識が希薄。ゆえにジェンダーレスという世界も自然に認知されるのだと思います。

一條 ジェンダーが後天的なものであるなら、服のジェンダーレス化が進むと、男性らしさや女性らしさの概念も根本的に変わるのではないでしょうか。男性向け、女性向けという商品もなくなり、市場が激変するかもしれない。そうした点でジェンダーレスな服には大きな意味がある。これからの時代の新しい生き方や価値観が生まれようとしているようにも見えます。

「男性らしさや女性らしさの概念も根本的に変わるのではないでしょうか」

中野 そうですね。それにしても、イタリアからグッチのようなブランドが出てくることが興味深い。イタリアは軍隊があまり強くないのですが、義務教育の源泉は国民皆兵制であり、優秀な一兵卒を生むための教育が基盤です。つまり個人の才能を伸ばすより、皆が一律に何かできるようにするための教育。日本はいまだにそうですが、イタリアはそうではなく、ひとりひとりの才能を尊重する教育なはずです。ゆえに軍隊は弱いのですが、ドラスティックな変革を起こせる土壌が整っていたのではないかと思うのです。

一條 そうでしょう。一兵卒を育てる教育などを続けていたら、日本に未来はないですよ。そう考えるとグッチが受け入れられるかは、今後日本が輝けるかの試金石になるかもしれない。やはりグッチは従順で無個性な一兵卒が着る服ではないですから。

中野 そのとおりです。一兵卒はこれからロボットに取って代わられてしまうので。グッチの服は、このままでは取り残されてしまうという警け い鐘しょうでもありますね。

一條 こうして考察すると、グッチの存在は深い。売れる売れないというパラダイムだけでは考えられないと思います。

中野 そうですね。グッチの服は見える思考といってもいいくらいの存在かもしれません。

一條 なるほど。ミレニアル世代は思想性を非常に問う世代ともいわれていますが、自分の思想を表現できる、これまでにないファッションとして評価されている面もあるのでしょう。

「グッチの服は見える思考といってもいいくらいの存在かもしれません」


Nobuko Nakano
1975年東京都生まれ。東日本国際大学特任教授。認知神経科学が専門の医学博士。対談当日はグッチのシャツを着て参加。「Passionable Brain」を本誌で連載中。
Kazuo Ichijo
1958年東京都生まれ。一橋大学大学院経営管理研究科教授。経営組織論やイノベーションを研究し、多くの企業経営に参画。ラグジュアリーブランドにも明るい。


Text=竹石安宏(シティライツ)  Photograph=滝川一真


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