【阪神のブランド学③】なぜタイガースの選手は無名でもファンから愛されるのか?

シーズン真っ只中のプロ野球において、他球団とは一線を画すように異質で強大なブランド力を誇るのが、阪神タイガースだ。本拠地・甲子園球場には今も連日、4万人が集まる。10年以上も優勝から遠ざかるチームが、なぜ今も熱狂の"中心地"〟であり続けるのか。10年間、スポーツ紙の「虎番」として密着取材を続けるスポニチ・遠藤礼記者が、猛虎を取り巻く世界、その周辺の人々を分析した。第3回は、2軍本拠地・鳴尾浜球場について。

なめてはいけない鳴尾浜の"小虎党"

220円で夢を見れる場所がある。熱狂渦巻く甲子園球場から約5km離れたところにある阪神タイガースの2軍本拠地・鳴尾浜球場。阪神電鉄の子会社にあたる「阪神バス」を利用すれば、甲子園から220円の運賃で球場の真正面に到着する。ただ、ここで油断は禁物。すでに入場門前には長蛇の列が発生していることがある。鳴尾浜の"小虎党"を決してなめてはいけない。

スタンドに腰を下ろす人たちの視線はどこか温かい。甲子園の体感できる熱さとは違い、静かに沸々と燃えているような見えない情熱。近くて遠い1軍……甲子園を目指して鍛錬を積む「小虎」へ多くの人が夢を重ねる特別な空間と言える。名もなき若手選手がいつか聖地で花を咲かせる日を信じ、鳴尾浜に足を運ぶ人たちには1打席、1球でもわずかな成長を見逃すまい、という気概がにじんでいる。

我が子を見守るような視線を送る「常連さん」

特徴的なのは「常連さん」が多いことだ。1年間、毎日、開門とともにスタンドの"指定席"に座ってグラウンドに視線を注ぐ猛者は少なくない。毎試合、スコアブックを付けている人、SNSで事細かく1球速報をアップしてくれている人もいる。座席には影になる部分が少なく、雨天時や夏場は厳しい観戦環境を強いられても、その時間が選手にとって甲子園へ繋がる過程であるなら猛暑でも、寒波でも関係ない。贔屓は違っても、誰もが、我が子を見守るような視線を各々の背中に向け、選手たちが鳴尾浜から羽ばたいていくのを我慢強く待っている。

今年で言えば、中継ぎに定着した島本浩也(9年目)、守屋巧輝(5年目)は鳴尾浜での下積みが本当に長かった。もうこっちには帰ってくるなよ――。スタンドからはそんな願いにも似たエールが聞こえてくる。今年のオールスターゲームで2試合連続ホームランを放ってヒーローとなった原口文仁もその1人。世間的には、大腸がんの闘病を経て復活を遂げたインパクトが強いが、度重なる故障で育成契約も経験したプロ10年目の苦労人が歩んできた道のりは鳴尾浜で過ごしてきた時間にそのまま比例する。練習後、必ずグラウンドに一礼して引き揚げる姿、丁寧なファンへの対応、そのすべてを鳴尾浜の住人たちは知っている。

鳴尾浜のファンの声援に助けられる選手たち

時に、選手に無形の力を与えることもある。今年6月9日、6年目の横田慎太郎が練習後にスタンドのファン数人から呼び止められた。「横田君、こっちに来て」。球場裏に向かうと、関係者と一般客を区切る柵の前に待ち構える集団がいた。横田は17年2月の春季キャンプ中に頭痛の症状を訴えて離脱。脳腫瘍と診断され、半年に渡る闘病を乗り越えて鳴尾浜に帰ってきていた。いまだ実戦復帰は叶っておらず、地道にトレーニングに励む。そんな男を勇気付けるべく、ファンもかつて付けていた背番号24がプリントされたタオルやユニホームを高々と掲げて、練習を見守る毎日を過ごす。

その日は24歳の誕生日で、柵の前に集まった人たちは横田が姿を現すと、声を合わせておもむろに「ハッピーバースデー」と「ヒッティングマーチ」の大合唱を始めた。16年には開幕スタメンにも名を連ね、甲子園では4万人の大歓声を浴びたこともある有望株は「びっくりして本当に泣きそうになりました。僕の応援歌まで歌ってくれて。気持ちが胸に突き刺さりました。待ってくれる人たちがいるんだと。応援してくれる人たちのために試合に出たいです」と目を潤ませた。横田に限らず、取材をしていても「鳴尾浜の人の声援に助けられた」という若手選手は珍しくない。鳴尾浜は、プレーヤーにとってもユニホームを着て戦う理由を再確認させられる場所でもあるのだ。

選手1人へ向けられる熱量で言えば、甲子園をも凌駕するかもしれない鳴尾浜という名の「虎の穴」と、そこに集う人々たち。見る側も、見られる側も大志を抱く特別な場所には、人知れない〝成長物語〟と阪神タイガースの未来がつまっている。

Text=遠藤 礼