佐野元春 偉大なる先輩の驚くべき創作の質と量 ~野村雅夫のラジオな日々vol.8

現在、大阪のFM802を中心に、ラジオDJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回はvol.1でもご登場いただいた佐野元春さん。野村さんが尊敬して止まない偉大なる先輩だ。


過去の楽曲に新しい言葉と編曲を加えてアップグレード

この連載の初回で、僕は佐野元春さんをリスペクトしていると書いた。ミュージシャンとして、ラジオDJとして、その知的なかっこよさを讃えた。実は、もうひとつ僕がすばらしいと思っていることがある。それは、キャリアをいくら重ねても、創作の質も量も衰えていないことだ。前作のアルバム『MANIJU』が2017年7月で、それから配信限定でシングルを2枚、さらには同じく配信限定のEPを1枚リリースしたところへ、先月はまたアルバムを出したのだ。新人アーティストでも、こんなに短いスパンで立て続けに作品を発表するなんてめったにないこと。

およそ1年ぶりの邂逅とあって浮足立つ僕のいるスタジオへ、佐野さんはいつものように颯爽と現れた。ウエイトを落としてますますシャープになった佐野さんは、やはりかっこよかった。体重が増えて、リリースの量は減るっていうのが、大御所ミュージシャンだとばかりに思っていたけれど、その意味でも佐野さんは決して大御所ではないのかもしれない。今もなお、彼の血管には、音楽ファンを驚かせたいと企むヤング・ブラッドが流れている。言葉の端々でそんな事を感じるインタビューとなった。

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ーーご無沙汰しております。

「ご無沙汰してました」

ーーお会いできない間に、僕は担当番組が変わりまして、Ciao Amici!というんですが、このアミーチはイタリア語で友達という意味です。佐野さんを友達と言うのはおこがましすぎるんですが、かねてより何度もお話をうかがっている佐野さんに、こうして新番組にもお越しいただくことができて、とても嬉しいです。

「光栄です。ありがとう」

ーー5月23日に、新作アルバム『自由の岸辺』をリリースされました。"新作"ではあるんですが、ちょっと説明が必要だと思います。僕が初めて佐野さんにインタビューをしたのは、2011年の『月と専制君主』の時だったんですが、この2枚は同じテーマに基づいたものなんですよね。どういうコンセプトなのか、ご説明いただけますか。

「この2枚は、言ってみればシリーズですね。自分の過去の楽曲に、新しい言葉と、新しい編曲を加えて、今の音楽ファンに聴いてもらいたい。そういう意図で作ったアルバムです」

ーー時々、一定以上のキャリアがあるミュージシャンがやることではあるんですが、佐野さんの場合には、セルフカバーという言葉が似つかわしくないとさえ思えます。

「セルフカバーというと、一般的には、そこにノスタルジーがありますけれども、僕はノスタルジーというのは、あまり好きじゃないんですね。やっぱり今を生きたい。その気持ちが音楽にも表れていて、この『自由の岸辺』というアルバムも、過去の自分の曲を扱ってはいるんですけども、カバーというより、アップデートした感じです」

ーーノスタルジーを喚起するならば、サウンドも普通は一定の踏襲が求められると思うんです。これは聴き比べてみると面白いんですが、かなり変わってます。

「"かなり”どころか、ぶっ壊してるよね、オリジナルを」

ーーだって、リズムからそもそも違ったりするから。タイトルを頼りに前のバージョンを脳内再生してからプレイしてみたらば、もう1音目から「え!?」ってビックリするなんてことがもう連続でありましたよ。ところで、2017年7月の前作が『MANIJU』でした。この新人アーティスト並の短いスパンでのリリースにも驚かされますが、レコーディングメンバーが違いますね。『MANIJU』は佐野さんよりも一回り二回り下の世代が集うTHE COYOTE BANDと。そして『自由の岸辺』は、90年代半ばから共に歩んだ盟友たちThe Hobo King Bandと一緒に録音されました。このキャスティングの意図はどういうものだったんでしょうか。

「このふたつのバンドは、サウンドがそれぞれ違うんだけれども、端的に言えば、モダン・ロックのCOYOTE BAND、そしてルーツ・ロックのThe Hobo King Band。自分の中にも多様な音楽性があって、どちらのバンドにも得意な演奏表現があるので、それぞれにそれぞれのサウンド形態を追求しているという感じですね」

ーー今年に入ってから、The Hobo King Bandと作った僕も大好きなアルバム『THE BARN』の20周年を祝う動きがありましたね。見事なアーカイブBOXも制作されました。1998年、当時の日本の流行とはかけ離れたルーツ・ロックを一緒に模索したメンバーと、20年の時を経て、また音を作られたわけです。過去の自分の曲をアップデートされた。ただし、聴けばすぐ分かるように、2018年現在流行しているサウンドを目指したわけではありませんね。普通、セルフカバーの場合、「昔のサウンドだと古く感じるかもしれないから、今っぽい音にしてみたけど、どう?」という感じになりがちだと思うんですが、『自由の岸辺』の場合は、より普遍的な音を模索されたような気がしています。

「僕やバンドにとって、音楽を奏でるというのはどういうことなのか。自分たちにとってのリアリティをいつも求めていくし、なぜ今このサウンドで、なぜこういう歌を表現していくかっていうのは、自分たちが納得しないと楽しくないですね。今回『自由の岸辺』で選んだ11曲は、過去に作った曲だけれども、今僕が歌いたいという内容ですし、バンドのメンバーも曲に新しい服を着せて、今のリスナーに聴いてもらいたいという気持ちがありました」

ーー選曲の話が出ましたので、具体的にうかがいます。あまり時代は絞っていませんよね。ラストに収録されている『グッドタイムス&バッドタイムス』は’80年です。

「デビュー・アルバムからですね」

ーーそして、’99年のものも入っています。

「そう、アルバム『Stones and Eggs』からも」

ーーつまり、収録曲の中にも20年のスパンがある。『自由の岸辺』の特殊性をあぶり出すためにあえて言いますけど、セルフカバー集なら、普通はシングル曲を多めに選ぶものでしょう。

「ヒットした曲とかね」

ーーたとえばライブで、アンコール周辺で披露されるような曲は今回入れていませんね。

「ないですね」

ーーシングルで入ってるのは、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』くらいですよ。

「そうですね。ナポレオンフィッシュは当時シングルとしてリリースしました。確かにね。でも、残りの曲はアルバム曲ですね」

ーーしかも、『自由の岸辺』という曲をアルバムのタイトルに据えたわけですけど、長年の佐野さんのファンでなければ、たとえば10代のリスナーにとってみれば、この曲を知っているというのはレアケースだと思うんですよ。

「このアルバムを新しいものとして、新しい世代の人たちに聴いてほしい。そんな気持ちがある。だから、過去からの連続で聴いてもらうという楽しみもあるんだけれど、むしろ新しい世代にまっさらな気持ちで聴いてほしいという想いの方が強かったんです」

ーー曲というのは不思議なもので、長くファンであり続けている人にとっては、リリース当時の思い出が染みついていますよね。シングル曲やタイアップなんて特に。ただ、そういう文脈から一度離れて、もしかしたらリリース時にはあまりスポットが当たっていなかったかもしれないアルバムの中の曲に、光を当て直してみると、全然違った文脈を再構築して聴き直すことができるわけですよね。

「ポップソングというのは不思議なもので、時代によって、その輝き方が違ってくるんですよね。ソングライターとして長年やってますが、いつも感じてることです。昔書いた曲が、今生きてきたりとか、昔輝いていた曲が、今は陳腐になってしまうとかね。そういう現象はよくある。この『自由の岸辺』というのは、確かに書いたのは昔なんだけれども、少し服を着せ直すと、今に響くんじゃないか。そういうものを集めました」

ーーたとえば1曲目の『ハッピーエンド』。僕はこれを最初に持ってこられたことが素晴らしいと勝手に思っておりまして……。だって、ハッピーエンドから始まるっていうのが、まず矛盾のように見えて面白いじゃないですか。そして、この曲の最後には「新しく始めるんだぜ」と歌われる。これこそ、『自由の岸辺』をリリースする意味とコンセプトを表明しているように感じたんです。

「そうですね。まあ、今まで書いてきたどの曲にも、僕の個人的な経験や想いというものがあって、それをできるだけ普遍的な形にしてポップソングにするというのが僕の仕事。この『ハッピーエンド』にも、そうした僕のプライベートな色々な想いが詰まっています。ラジオでお話すると時間がなくなっちゃうので、そこのところは割愛ですけどね。でも、おっしゃる通り、ハッピーエンドというところから始めてみるアルバムも素敵かなと思って」

ーーラジオDJとしても、そしてミュージシャンとしても、僕がずっと大尊敬している大滝詠一さんの曲には『Happy Endで始めよう』という曲もあります。佐野さんは大滝さんの後輩にあたりますが、一緒にアルバムも作られた盟友でもありました。

「その通り。不思議な偶然ですね」

ーーそう、不思議な偶然として、僕なんかはもう1曲目から心躍りましたよ。今回はリズムがとても面白いなとも思っています。ニューオーリンズっぽいものだとか、この曲にこんなリズムを乗せるんだっていう意外性がありました。これはThe Hobo King Bandとのセッションで決まっていったんですか?

「そうなんです。僕たちが一番大事にしているのは、リズムですね。グルーヴ。やっぱり時代によって好まれるリズム感、ビート感というのがあるような気が僕はしています。今回のアルバムでは、今の時代に生きている音楽ファンが、皆いい感じでグルーヴできるような、そういうリズムを採用して演奏しています。だから、1曲目も、どちらかというと、アフリカ的なグルーヴで演奏している。で、なかにはレゲエ的なものもあるし、どちらかというと、非欧米的なリズムが多いかもしれない」

ーー多様ですよね。『ブルーの見解』という曲では、スポークン・ワーズがあって。

「あれはジャズ・ロックかもしれないね。ジャズ・ロックとスポークン・ワーズの中間的な、非常に新しいスタイルです」

ーー『ブルーの見解』なんかは、僕は今、よりソリッドに響くアレンジになってるなと。

「やっぱり新しいヒップホップ世代にぜひ聴いてもらいたいですね。ヒップホップの先を行くスタイルですから」

ーー世界的に見ても、ヒップホップがジャズに接近するという動きもありますからね。そのあたりを佐野さんが解釈されているのかなと、興味深かったです。それから『メッセージ』なんかは、まさに今届けるべきメッセージですよ。オリジナルのリリースから20年近く経ってるのに。

「そうだね。このリリックは、偶然ですけど、今にもバッチリ響きますね」

ーー今回も、佐野さんは可能な限りのバリエーションでリリースされています。CDの初回限定盤、通常盤、デジタル配信、そしてアナログ盤。特に10代のリスナーなんかは、サブスクリプションで聴く人が多いと思います。そうなると、彼らは、佐野さんの過去の曲にも自在に接触することができて、今回の収録曲とプレイリストにして聴き比べられてしまうわけですよ。音楽ってこんなに可能性に満ちているんだって、僕は体験してほしいです。

「もし僕が10代、20代なら、やっぱりサブスクリプションを使って、自由自在に、自分なりのプレイリストを作って楽しみますね。ですので、僕はDaisyMusicというレーベルを運営していますけれども、このレーベルの曲はすべてサブスクリプションに解放しました。ぜひ、若い世代は、サブスクリプションで僕の音楽に接してもらって、自由にプレイリストを作ってみてほしいですね」

ーーアナログ盤は、今回もいい感じの重量盤ですよね? 僕はアナログでも聴いたんですよ。で、別の古いレコードに交換する時に、気づきました。あ、文字通り、重みが違うぞって。佐野さんが出されるアナログ・レコードは、日本、いや、世界でもトップクラスの音質。

「それはね、本当に嬉しいです。アナログ・レコードに今若い世代が興味を持っているという話を聞いたんで、DaisyMusicとしても積極的に出してるんだけども、ロン・マクマスターという米国のベテランのエンジニアにカッティングを依頼しています。彼はブルーノート・レーベルの復刻盤を全部手がけた、信頼できる技術を持った人です。もう70代のおじいさんなんですけどね。DaisyMusicでは、彼を指名することが多くて、今回もそうです。だから、音は最高です」

ーーそういうことなんですよ。何となく、オシャレだからってアナログで出してるわけじゃないぞと。

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収録が終わっても、しばらくふたりして話し込んでしまった。アナログ盤で1曲収録数を減らしたのは、時間的にレコードに入り切らないからではないことも教えてくれた。要するに、音質を落とせば、すべて入るのだけれど、最高の音質を維持するなら、どうしても入らない。佐野さんは音質を優先した。でも、1曲減らすならと、曲の順番もCDや配信とは変えてあるのだという。どういう意図がそこにあるんだろうと、想像しながらワインでも飲んでいたら、アルバム1枚でボトル1本は空いてしまいそうだ。

僕の会社「京都ドーナッツクラブ」のオフィスは、夜はイタリア食堂910というレストランに様変わりするのだが、佐野さんのレコードも常備してあるので、ターンテーブルに『自由の岸辺』を乗せて、次はストーンズにしようとか、いや、THE BANDだろうとか、お客さん同士で盛り上がるんですとお伝えすると、佐野さんは「素敵な会ですね。楽しそう」と喜んでくれた。

秋には、THE COYOTE BANDOとの全国ツアーがまた始まる。固い握手を交わして、僕たちはそのタイミングでの再会を誓った。


佐野元春さんとのトークはコチラから

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vol.1 佐野元春 Elvis loves you.


vol.7 是枝裕和 祝! パルム・ドール


野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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