iPS細胞の登場による新薬の開発に期待 「24時間仕事バカ!」のためのメンタルメンテナンス第11回

わかっているようで実はわかっていない自身の心の健康具合。そこでメンタルの実態を精神科の名医がチェック。心を整えれば仕事にも、加齢による身体の衰えにも効くこと間違いなし。 

ノーベル賞の受賞で研究はさらに活発化 

 iPS細胞で、京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞に輝きました。さまざまな細胞や組織になりうる能力を持った多能性幹細胞を、人工的に作りだしたものがiPS細胞。それにより理論上は臓器を作ることも可能で、今後の再生医療で果たす役割は重大。骨や皮膚はもちろん、心臓や肝臓などの臓器の再生に関しては、かなり現実味を帯びてきたといえるでしょう。

 それにしても今回の受賞で私が素晴らしいと感じたのは、研究が発表されてから受賞までのスピードの早さでした。ノーベル賞は功労賞のようなケースが多く、発表から何十年もかけて検証し、もう誰も覆せないというところまでの研究実績に対して受賞となるケースが、科学分野ではほとんどです。しかし、今回は発表からわずか5、6年ほどしか経っておらず、まだ研究しなければならないことが多く残されており、そういう意味で、この受賞は将来を見こんでの期待の大きさの表れといえるでしょう。さらに研究は活発化し、新たな成果もより早く出現するだろうと私も期待しています。

 iPS細胞により、精神科の領域にどんなメリットがあるかということなのですが、脳の再生に関しては、現状ではまだまだ難しいといわざるを得ません。脳の機能には神経伝達物質も関連していて、それを作る細胞や、受けとるレセプターなど構造も複雑。骨や皮膚などの再生とは少し異なるからです。派生的に考えれば不可能とはいえませんが、まだもう少し時間が必要でしょう。

 ただ、iPS細胞で作ったヒトの脳細胞や神経細胞で開発中の薬の実験ができるようになりますから、新薬もどんどん生まれるのではないかと期待しています。従来のマウスの脳を使った研究とは違い、一足飛びに研究が進むためです。その結果、新しい向精神薬が誕生する確率は飛躍的に上昇するものと思われます。SSRI(=抗鬱薬)が日本で初めて認可されてからもう10年以上経ちますが、それに次ぐ画期的な新薬も期待できます。再生医療に限らず、創薬という意味においても、iPS細胞の登場は革新的といえるのです。

今月のクリニックNo.11 お腹がポコッと出てきました。疲れも取れない気がします……

 鬱病の患者さんには疲れが取れず、やる気も起きないといった状態がよく見られます。そんな症状を訴える患者さんにカウンセリングを行ったうえで鬱病を疑い、SSRIなどを処方。にもかかわらず、なかなかよくならないケースがあります。鬱病でないとするなら原因は何なのか? ひとつの答えに、加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)があります。

 これは男性ホルモンが加齢やストレスなどにより、減少して起こる更年期障害の一種。ひと昔前まで、更年期障害は女性の専売特許のようにいわれてきましたが、男性でも加齢により徐々に男性ホルモンが減り、心身の不調を引き起こすことが認められるようになりました。「やる気が出ない」など、鬱病とよく似た精神的症状が出るほか、「お腹が出てきた」といった身体的症状、「性欲の減退」「朝起ちの減少」など性的症状の原因にもなります。

 ホルモン値が明らかに下がってくるのは40代以上の中高年。LOH症候群による精神的な症状と、鬱病との決定的な相違点ははっきりしていませんが、鬱病に頻出する“食欲低下”がLOH症候群ではあまり出現しませんから、そのあたりが鑑別のひとつの目安になるかもしれません。なお、LOH症候群の治療は、注射によるホルモン補充療法などが一般的。ホルモンにかかわる分野は泌尿器科が専門になるのですが、城西クリニックにも専門のドクターがいまして、2005年から「メンズヘルス外来」というLOH症候群専門の診療科を設け、治療にあたっています。

 いずれにしろ、個々の患者さんに応じて見極めていくことが大切。ニワトリが先か、卵が先かではないですが、鬱病がいろいろな機能の低下を引き起こす場合もあります。神経伝達物質の生産低下や、レセプターの感受性が低下したりして、ホルモン値を下げてしまうことも当然あり、ケース・バイ・ケースでの診察が重要。逆にいえば、ホルモン補充をしても、誰もが症状が改善するとも限らないのです。泌尿器科は泌尿器科、精神科は精神科と分けて考えるのではなく、複数の診療科がそれぞれの知恵を出し合ってコラボレーションし、ひとつのハーモニーを作る。患者さんにとって一番いい治療法を提供するのが医療の役目ですから、ひとりの患者さんを俯瞰的に診てフォローすることが、これからの医療に求められています。

  • case11 LOH(late-onset hypogonadism)症候群
    精巣で作られる男性ホルモンの一種であるテストステロンが加齢などにより減少することによって、抑鬱的な気分になり、睡眠障害や肥満、勃起不全などの症状を引き起こす疾患。和名では加齢男性性腺機能低下症候群と呼び、男性更年期とも称する。ストレスも要因のひとつと考えられており、不足したテストステロンを補充するホルモン注射、勃起不全に対してはバイアグラやシアリス、レビトラなどの薬を処方し、症状の改善を図る。


Kazuhiro Kobayashi
医療法人社団 城西クリニック院長。精神保健指定医。1962年生まれ。北里大学医学部卒業後、同大学病院でヘルスメンタルケア中心の医療に従事。身体疾患と精神面との関わりについて皮膚科、形成外科、婦人科の各専門医と研究を重ね、城西クリニックを開院。精神科医として心身両面からの頭髪治療に力を注ぐ。日本臨床精神神経薬理学会専門医、NPO法人F.M.L.理事。月に5,000人以上が来院する小林一広医師のクリニック詳細はこちら http://www.josaiclinic.com/

Text=田代いたる Photograph=太田隆生


*本記事の内容は12年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい