長渕 剛 なぜ肉体を鍛え上げたのか?

過酷なトレーニングと徹底した食事コントロールを行うシンガー・ソングライター、長渕剛。なぜアスリートであるかのように自分に負荷をかけ、肉体を鍛えあげるのか? 「デブは敗北だ!」という長渕が30代に体験した屈辱と音楽への情熱を語り尽くす。

有頂天、裏切り、自責の念で徹底した肉体改造を決心

無駄な贅肉を拒否し、肉がそげてシャープな頬。着衣の上からでもわかる、パンパンに張った大胸筋や大腿筋。そんなアスリートのような長渕剛がこのインタビューで最初に発した言葉には、自分の耳を疑った。

「この10年、オレ、欠かさず日誌をつけているんだ」

長渕のパブリック・イメージからは几帳面に日誌を書く姿を想像できなかった。間近で向き合うと、するどい目は厳しさと同時に穏やかさも感じさせる。しかし、日誌をつけるキャラクターには見えない。

「その日の出来事、食事内容、そしてトレーニングのメニューをね、毎日書きとめている。書くとは事実を自分に突きつける作業。オレには絶対に必要」

その日にやると決めたことをやらないと、長渕は自分に我慢がならなくなる。

「できなかった、クソッ!」

悔しさを晴らすために、翌日は倍のトレーニングを行う。

「日誌を書くと、その日の自分のほんの小さな弱さを見逃さずに済む。反省もする。取り戻そうとする。自分のケツは自分で拭いてケジメつけて生きていくという当たり前の覚悟が宿る」

長渕の一日は、朝7時のストレッチで始まる。ベッドの上でおよそ20分、身体を入念にほぐして、本格的な筋力トレーニングに入る。懸垂、腹筋、背筋、広背筋を鍛えるラット・プル・ダウン、ロープ(縄跳び)……などを約2時間行い、ようやくその日最初の食事を摂る。炭水化物は1食80gだ。ジャケットのふところをまさぐり、ラップに包まれた小さめのおにぎりをひとつ見せてくれた。

「自宅にいる日の食事は蒸し魚、生野菜のしぼり汁、ボウル1杯のサラダ。カロリーは少ないが量は多い。腹いっぱいになる」

音楽活動は、午前のトレーニングと食事を終えてから始める。

長渕は音楽を作り歌い演奏するアーティスト。アスリートが生業ではない。それなのに、なぜここまで身体を鍛え上げ、節制しなくてはいけないのか。

デビューは1978年。大ヒット曲「順子」や「乾杯」を歌い始めた'80年代前半は、細身で、長髪で、ナイーブな青年のイメージだ。しかし、'90年代、2000年代にかけて格闘家のような筋肉を身に纏っていく。

「本格トレーニングは40歳から始めた。あれは……そう、30代後半だったか。6枚目のアルバム『HUNGRY』のツアーで屈辱的なことがあった。全国40本のうち20本しかできなかった。体調を崩して倒れ、前半は点滴を打って乗り切った。しかし、ツアーを折り返す武道館公演の後、医者に止められた。はっきりと思った。身体を作り直そう、と」

当初は水泳や自己流の筋力トレーニングを行っていた。しかし、身体と心を芯から変えるには、より高いレベルで自分に負荷をかけるべきと切実に感じる。

「自己流では、オレ自身が理想とする音楽活動、ステージパフォーマンスはできない! 体力的にも、見栄えも。かっこいい衣装を探す前に、優秀なスタイリストに頼む前に、己の身体を作るのが先だ! そう確信した」

ステージ以外でも、30代後半には、長渕にとって逆風が吹き荒れた。

「お金にまつわることや、まぁよくいる利権として群がる輩たち。具体的には話さないが、騙された。あの時期、裏切られたこと、たくさんあったな! はらわたが煮えくりかえるほど人を恨んだこともあった。信頼する人間に欺かれると、自分のすべてをはぎ取られたように自暴自棄になる。でも、しばらく経つと、思うんだ。裏切る人間を近くに置いたのは誰よ?とね。オレが選んだんじゃねえか!って。若い時にヒット曲が生まれて、周りに人がたくさん集まってくると、自分が特別に思えてしまう。有頂天になる。人生に勝った気分になって、猿回しのサルのような己に気付かない。そんな、どこまでも天狗になった自分の鼻をバーン!と蹴り折られたのが30代だったのかもしれない」

何が起きても心が揺るがない真の強さが欲しかった。

「裏切ったヤツと街でばったり出会った時に、よっ、久しぶり! 貴様! 元気か?と笑える、本当の意味で強い人間になりたいと思った」

本格的なトレーニングを行うため、長渕は東京台東区にあるトレーニング・センター、サンプレイの門を叩いた。40代になろうという頃のことである。

「サンプレイは一流のアスリートがしのぎを削るジムだ。その環境に身を置いて、ホンモノを目指した。子供の頃、オレには3人のヒーローがいた。東京オリンピックの重量挙げ金メダリストの三宅義信選手。マラソンでローマオリンピックと東京オリンピックで世界最高記録を出して2連覇したアベベ・ビキラ選手。そして、カンフースターのブルース・リー。彼らのようになりたくて、母ちゃん、うちに風呂敷あるー?って言って、自宅の裏庭にあった棒の両端に石を詰めた風呂敷を結んで持ち挙げた。学校の校庭を裸足で走った。手作りのヌンチャクを振り回し、宙での上段蹴りを真似てみた。その頃すべてを本気で手中に収めようと誓った」

サンプレイの会長、宮畑豊氏は柔道の猛者だったが、19歳で脊髄分離症になり1年間の寝たきり生活を体験する。その後、ボディビルと出合い、トレーニングによって世界大会で入賞する身体を作り上げた。

「会長、もっとしなやかに、もっと美しく、それでいて強い、そんな動きをステージでやりたいんだ!」

「本気か? 本気でやるつもりならば、私も一緒にやるから頑張れ!」
 長渕の率直な願いを宮畑会長は受け入れてくれた。

しかし、トレーニングは想像よりもはるかに厳しかった。

「ジムには、ホンモノがうようよいる。ホンモノのなかに歌手一匹。周囲が100kg以上のバーベルを当たり前のように持ち挙げるなかで、ギターより重いものを持ったことがなかったオレは、5kgのダンベルからスタートだ。恥ずかしかった。その後も10kgや15kgを必死に持ち挙げたが、誰も口をきいてくれない。クソッ! 今に見てろよ!」

しかし自尊心ってやつが傷ついて、ジムに行くことが苦痛でしかたがない。

「会長、オレはまず、ジムに行く身体を作るところから始めなくちゃだめだ」

正直に訴えた。

「翌日から会長がオレの自宅ジム兼道場に来た。厳しい。もう地獄の日々。身体じゅうが痛い。朝起き上がることもできない。スポーツの爽快感なんてゼロだ。見てろよ! お前ら、見てろよ! 歯を食いしばった。恥をかこうが、胸板薄っぺらいねー、と笑われようが、何年後かに理想の身体で理想のステージをやるという意地だけで続けた。あの時期、オレにとって最も大切な歌もやめた。トレーニングのために。いや、真実は肉体の軋みと痛みで歌どころじゃなかった。それでも決めた以上は、地獄の痛みと向かい合った」

自宅の壁には自筆で書いた紙を貼り付けた。

「肉体改造」

毎日その文字を見て、自分の身体に負荷をかけ続けた。

「最初の頃、当時のオレの体重、56kgのバーベルを持ち挙げようとしたことがあった。しかし、それさえも挙がらない。自分の体重さえも持ち挙げきれないのか! 川で溺れている30kgの子供さえも助けられないのか!と、そんな自分が嫌だった。会長の叱咤はさらに続いた。会長は叱咤だけではない。オレよりも年数が15も上なのに、一緒にやるのだ。3倍もの重量で、いとも簡単に! 一緒にトレーニングをやるのだ。会長の後に続いてやるのだ。会長が同じことをやるから、断念するわけにはいかないのだ」

ベンチプレスで100kgを挙げるまでには8年を費やした。

「男は、意地のためには、プライドは捨てる。恥をかいても目的に向かっていくことを諦めちゃだめだ」


トレーニングは15年以上、休むことなく行っている。そして、54歳とは思えない強靭な身体を持つ長渕剛が目の前にいる。

「オレの場合、肉体改造と音楽は直結している。その時その時の人生をなすりつけたのが、オレの音楽だ。30代での被害者意識も、その後の自責の念も、そのまま全部歌にしてきた。つまり、己の弱さを歌にしてきたようなものだ。その弱さを歌に叩きつけ、そこから這い上がるためにさらに歌を書いていく。あとはお前ら聴く側が自由に受け止めてくれ!というのが長渕剛の音楽だ」

生涯頭が上がらない恩師と出会えて人生が変わった

11月10日、長渕剛は新作『TRY AGAIN』をリリースした。この作品もまさしく今の長渕を「なすりつけた」音楽だ。

「オレの作品は、いつも自分へ向けての音楽。何よりもまず自分を奮い立たせるために作り、歌う。『TRY AGAIN』もそう。しのぎを削りながら頑張ってきて、のし上がって、でもくじけて。後悔して、また自らを奮い立たせる。それをありのまま歌う。自分が倒れた時に立ち上がるための音楽を、オレはやる」

タイトルチューンの「TRY AGAIN」は、荒っぽいアコースティック・ギターで始まるイントロ、重たいドラムス、ドラマティックなゴスペルテイストのコーラス、そして再起を叫ぶ歌詞が強烈だ。100年に一度の大不況といわれる今、その矢面に立っている30代、40代、50代にとって、今最も必要な音楽だと感じられる。

「結果的に、この時代にマッチしているはずだ。でも、やっぱり、時代や誰かのために歌を作るという意識は、オレにはない。そういうのは、テーブルの上から人を見下ろすような音楽に感じられて嫌いだ。だから、まずは自分。自分が立ち上がれない音楽を、なぜ人に放つことができるんだ!という気持ちから歌はスタートすべきだ」

アルバム『TRY AGAIN』を聴くと、さらに気付くことがある。「TRY AGAIN」「Success」「絆 -KIZUNA-」「知らんふり」はものすごく激しい。“我慢がならねえ”“血を吐くような切なさか”“ぬめっと肝臓をえぐる”など、強烈な表現が荒々しく歌われる。ところが、その同じCDで「ブルームーン」「Kiss」といった、とてつもなく優しい曲も歌われている。とろけるようなラブ・バラードだ。一枚のなかで激しさと優しさの振り幅は大きく、同じアーティストの作品とは思えないほど。

「トレーニングでは、強さだけではなく、優しさも育つ。ホンモノのアスリートを目指すには、自分の力だけではレベルアップはできない。専門用語でフォーストレップというんだが、ベンチプレスにはアシストがいる。100kgを挙げる時には、父親ほどの年齢の宮畑会長が、傍らで、挙げろ! 行ける!と勇気づけてくれる。力強い声で。強烈な安心感がある。会長、オレ、必ず挙げますから、見ていてください!と心の底から思う。そういう体験を重ねることで、感謝の気持ちや優しさが育つ。今の自分があるのは自分の努力だけではないと知る。強さと優しさ。その両方がトレーニングにはある。さらにこの十数年、トレーニングパートナーとして、ともに苦しみを分かち合ってきた森永真一。この男も同志だ。感謝の念でいっぱいだ」

激しい歌だけではなく、優しい歌もまた、長渕剛自身をなすりつけた産物なのだ。

「強さと優しさを教えてくれた、宮畑会長という生涯頭が上がらない大きな男と出会えたことは、オレの人生にとってとてつもなく大きな財産だ」

トレーニングは、長渕剛の音楽を変え、生き方も変えた。

「こうして思うとね、30代後半に悔しい思いを体験したことはすごくよかった。順風満帆だったら、自分を変えようなんて考えなかった。有頂天だったころは、現場で力ずくで自分の筋を通したこともあった。おい! こら!とね。それは、オレの心が弱かったんだ。不安だったんだ。そういう態度が誤解も生んだ。頭も打たれた。悔しかった。でも、悔しさは力だ。神様が与えてくれた試練だ。悔しかったからこそ、自分から変わろうと思ったんだから」

この思いを、今、長渕はスタッフやバンドと共有し、音楽を作っていく。ツアー前の合宿では、楽曲のリハーサルだけではなく、フィジカルのトレーニングを行い、ともに汗を流す。

「オレの周りには、グウタラとかヘタレといわれるヤツはいない。人の前でパフォーマンスをやる人間にとってデブは敗北。肥満を年齢のせいにするパフォーマーは人前に出るな! デブは必要ない。少なくともオレはデブにはならない。これ、アーティストでなくても、あらゆるビジネスにも共通することなのだ。自己管理ができないヤツはだめだ。暴飲暴食の果ての、血糖値が、肝臓の数値が……なんていう言葉、オレは聞きたくない。やるべきことはわかりきっている。煙草をやめる。酒を減らす。食事の内容を意識する。グズグズ迷わずに今日からジムに通ってみる。そのほうが、理屈で考えるよりも確実に、人生も、仕事も、目の前が開けていく。まず、自分をとりまく環境を変える。居場所を変える。簡単なことだ。心の痛みをしょい込むより、肉体の痛みを毎日実感しながら、昨日よりも強い精神を宿らせろ!」


Text=神舘和典
Photograph=Leslie Kee、田中栄治

*本記事の内容は10年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい