【遠藤光男の物申す!】トレーニング界の伝説が今の大相撲を斬る

昭和40年代、黎明期のボディビル界に彗星の如く登場し、注目を集めた男がいた。その名は遠藤光男。1966年(昭和41年)、24歳の時にボディ・ビル・ミスター日本となり、世界大会に出場。ドーピング三昧の海外選手を向こうに回して優秀な成績を残し、翌年、ジムを開設。日本における筋力トレーニング指導の第一人者としての地位を確立していくなかで、作家・三島由紀夫らとも親交を持ったほか、相撲界とも関わりが深く、千代の富士、白鵬を始め7横綱を指導。国際プロレスのリングではレフェリーとしても活躍し、数々のレスラーにもトレーニング法を伝授した。76歳となった現在も、レジェンドとしてリスペクトを浴び続けている遠藤光男が、2020東京五輪を控えながら、ゴタゴタが続く日本スポーツ界に「物申す!」。今回は、大相撲をめぐって。


伝統的神事という視点からの大相撲

相撲界は、最近また暴力のことで騒がれたりしましたね。相撲っていうのは、あくまでも私の考えでは、伝統芸能というか、そういうものですから、普通のスポーツと一緒に見たり考えたりしてほしくないんですよ。

これは、前回自分でも書きましたが、例えば、土俵上の女人禁制。これはこれでいいんですよ。そういうの、なし崩しにしちゃうと何のための伝統なのかと。相撲は神事でしょう?

神事として、武家社会の頃から大事にされてきて、今まで育まれてきた。ですから、そういうものは、日本人として、神事として、きちっとそういう目で見るのが一番正しい見方だと思ってます。

それぞれの部屋や、部屋の連合である一門ごとで独特の歴史があって、継承されてるものもあるわけです。出羽海一門、二所ノ関一門、時津風一門、高砂一門とかってあるんですよね。すべての部屋が、どこかの一門に入っているわけです。

一門っていうのは、いい悪いはともかくとして、共同体のようなもので、昔は興行も一門ごとにしていたんですよ。今は相撲協会でやってますけども、昔は出羽海一門はどこどこ、二所ノ関一門はどこどこ、という興行のやり方だった。横綱とか大関とかを一門で抱えていると、それをメインにして地方巡業というか、興行をやってたわけですよね。

現在、本場所は東京3場所、大阪、名古屋、九州各1場所で年に6場所制ですが、昔は年4場所、もっと前は年2場所だった。東北とか北海道は、生で相撲の本場所を見られないわけですから、そういうところに巡業に行くわけですよね。

勧進元は、そういう興行を買って、自分たちは紋付き袴で出かけて行って、横綱、大関陣たちと記念写真撮って、家宝にする。そういう流れなんですね。それはとても素晴らしいことだと思うんですよ。例えば歌舞伎なんかも一緒でね。そういうのは大事だと思いますね。

体罰と指導との境目はどこか?

今は、とにかく体罰はダメだという風潮がありますよね。指導の仕方で、確かにそういう問題はあるかもしれませんけども、でも、あんまり細かいことで騒ぐこともないと思っているんです。

相撲部屋を継承している親方っていうのは、だいたい個性の強い人たちですよ。それが、いいとか悪いとかじゃなくて、個性が強いだけに、指導方針もみんな違うわけです。

大体、親方連中というのは、稽古場では言葉遣いが乱暴ですよ。「このやろう」、「ばかやろう」ってやりますけども、体罰はともかくとして、言ってもできないのが歯がゆくて、「さっき教えたとおりにやれ」とかってね。

そりゃあ、人様の子を預かって一人前に育てるっていう責任感があれば、おのずと熱血指導になるわけですから。ましてや、それが強くなって関取になれば、部屋のためにもなりますから。部屋のためになるっていうことは、後援会の人たちのためにもなる。だから、指導を一生懸命やるんですよ。

「体罰はいけない」って言うけども、竹刀持ってて腰が高いとお尻「ぴしっ」とたたくぐらいのことは暴力じゃないと思うんですよ。「腰が高いぞ」「もっと腰を下ろせ」とかってね。

相撲界では、「かわいがり」ってあるんですよね。「かわいがり」っていうことは、「気を抜いてると体罰を与えるぞ、しっかりやれよ」っていう、そういう意味なんです。何度言っても立ち合いで腰が高いと、親方の希望どおりの立ち合いできるまで、10番でも20番でもやらせるんです。へとへとになって、ばったり倒れるまでになってね。そこまで全力出し切って稽古終わらせるわけですよ。

それを何日も何日もやってるうちに、だんだん腰が下りてきて、「あ、これか」っていうのがつかめるわけです。そのとき1回2回教えたって絶対分かりませんから。

その人の体が硬いとか柔らかいとか、それぞれ持ってる能力に違いがありますから、それを親方は見極めながらやるわけですよ。だから、すぐできる子には、別に親方はきつく当たってないんですよね。

この子はいいもの持ってるんだけど、どうしてもここが欠点だから、それを直してやろうと思えば熱血指導になっちゃうわけですよね。そこだけ見ると暴力してるようですけども、全体を見ないと。

弟子を預かって、素質があれば5、6年で関取になるわけですよ。その間に番付が上がって、徐々に待遇も良くなって、相撲界のしきたりも覚えて、稽古の仕方も覚えて、体もできてきて、上がってくるのに、特別に早くなければ大体4~5年かかる。なかには関取になるのに10年かかったっていうのもいますから。

そういうものに耐えていくには体力と精神力とが大事ですから。その両面を親方は育てなきゃ駄目だと。

だから、責任感もあるから、ああいう指導もしてると思うんです。ただ暴力振るって、いじめてるわけじゃないんですよ。

弟子が逃げ出したら損するのは部屋ですから。損するのは相撲協会ですから。新弟子になる人が少ない。せっかく入った弟子を大事に育てようって気持ちはみんな持ってると思うんですよ。それを断片的な所で見て、文句をつけるのはちょっとおかしいと思います。指導に情熱を持ってるかどうか。その指導の仕方に愛情があるかどうかってことのほうが大事だと思いますよ。

はたから見ると、いじめられているように見えても、力士というのは相撲の世界の中に入ると慣れ親しんで、みんな楽しくやってる。本人たちはそんなイジメやパワハラだなんて思っていないことも多いんです。

「兄弟子にちょっとかわいがられちゃった」ぐらいですから。終わった後に、「じゃあ、飯でも行こうや」って一緒に連れてってもらったりしてるんで、あまり他のスポーツ団体のようにパワハラとか何とかって騒ぐべき問題じゃないと思うんですけどね。

ただ、最近は第三者委員会っていうのが、すぐできちゃいますからね。公益財団法人として国からお金を頂戴しているわけですから、そこはしょうがないですが。

日馬富士事件を斬る!

日馬富士は、貴ノ岩のことをかわいがっていたんですよ。ウチのジムの近所にウランバートルっていうモンゴル料理店があるんですが、陸奥部屋で小結まで行ったモンゴル人力士の元・白馬が、お母さんとやっているんですけどね。そこにはモンゴル人力士がよく来ていて、私も日馬富士なんかとも行ったことありますし。

日馬富士と貴ノ岩も、そういうところへ一緒に行くような仲だったんですよ。日馬富士も白鵬も、朝青龍もそうでしたけど、普段はみんなモンゴルの力士たちを、ものすごく面倒見てかわいがっているんですよ。

ただ、モンゴル力士同士の中でも、派閥があるんです。昔、日本でも北海道とか青森とかの出身力士が多かった頃は、そういう県ごとの派閥みたいのあったわけですよ。今は、そういうのあんまりなくなったみたいですけど。

露鵬とか白露山とかいうロシア人力士がいた頃は、ロシア派閥っていうのもあったんです。あと、琴欧州なんかもロシアじゃないけど東欧でしょう? そういうロシア語しゃべれる連中は仲良くて。みんな、うちのジムに来てたんですよ。ジョージア出身の臥牙丸もそうですね。あいつは、トレーニングやったりやんなかったりで、体を持て余すとジムに来るんですけども、なかなか続かないんで。

日馬富士の一件は、たまたまなんかのきっかけで、ああなっちゃっただけで、普段はそんなことはなかったそうですよ。要するに、先輩が意見してるときに、携帯打ちながら、生返事でふんふんとかってやったんで、その態度に激高して、やっちゃったらしいんですけどね。

何ていうのかな、モンゴル人力士にとっては、番付の格っていうのは、日本の力士同士よりも、もっと厳格なものがあるようですね。とはいえ、ちょっとやり過ぎちゃったんですよね。ケガを負わせちゃったでしょう? 張り手とかビンタぐらいだったら、まだよかったんだろうけど。何針か縫ったでしょう? 本当にかわいそうでしたよ。

貴乃花としては、かわいい弟子が頭の上を切られて、血みどろにされたんで激怒したんでしょうね。

貴乃花は引退せざるを得なかったのか?

貴乃花の、こういう引退の仕方については、一言で言えば、とてももったいない。本来は日本相撲協会の財産ですから。「平成の大横綱」って言われたんですよね。22度、優勝してるんです。そういう意味では、すごい力士だったから。自分の意思もあるんでしょうけども、ああいう辞め方をせざるを得なくなったということは、彼も日本相撲協会からある程度追い込まれたんでしょうね、きっと。

相撲界には約50の部屋があるんですが、弟子が何人いるか、関取が何人いるかによっても、相撲協会内部のランク付けみたいのがあるんですよ。例えば、部屋を持ちました、弟子が5人しかいません、関取は誰もいませんっていうのと、貴乃花の部屋は関取が4人いましたから、それは今の相撲部屋では多い方ですからね、大きな違いがありますよ。そういう意味では協会の中の相撲部屋では大きな所帯だったんですよね。だから、引退というか廃業しちゃって、弟子たちは千賀ノ浦部屋に移らざるを得なくなってしまって、かわいそうだなっていう気がしますよね。

貴乃花の一件は、仲介者がいれば違ったのかもしれないですね。相撲協会の中だけでやるんじゃなくて、例えば横綱審議委員会とか、一門とかもあるでしょう? そういう人たちと何回か話し合ってね。

貴乃花も不平不満がいっぱいあったと思うんですよね。そのはけ口が見つからない、なんかしようとすると、上から抑えられちゃって、反発心のほうが強くなっちゃったんじゃないかなと思うんです。世間から見ると、おかしなやつだなと思われてるかもしれないけれども、本人の立場からすれば、自分は筋通してると思ってやったんじゃないかと。それじゃなきゃ、あれだけ強い信念でやっていけませんから。だって、先のことを考えたら、相撲界に残ったほうがいいに決まってるんですから。

遠藤ジムは自身が会長を、長男・克広氏(左)がチーフトレーナーを務める。


Text=まつあみ靖 Photograph=吉田タカユキ

遠藤光男
遠藤光男
1942年東京都生まれ。日本ボディビルディング界の第一人者で、24歳だった'66年のボディビル・ミスター日本となる。翌年に東京・錦糸町で遠藤ジムを開き、その年にはモントリオールで開催された世界選手権で3位に。三島由紀夫や勝新太郎とも親交があり、大相撲界、プロレス界など幅広い人脈を誇る。
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