オリンピックでメダルを取る精神力とは? 「24時間仕事バカ!」のためのメンタルメンテナンス第9回

わかっているようで実はわかっていない自身の心の健康具合。そこでメンタルの実態を精神科の名医がチェック。心を整えれば仕事にも、加齢による身体の衰えにも効くこと間違いなし。 

幾度の経験による自信が緊張に強い心をつくる

 この夏のロンドンオリンピックで、日本代表が大活躍しました。絶対と思われていた種目でプレッシャーに負けてしまったのか、金メダルが思うように取れなかったり、逆にそれほど期待されていなかった種目ではのびのびとプレイできたためか、史上初のメダルを獲得したり。改めてスポーツはメンタルも大切なのだと痛感しました。

 一般に、精神力を鍛えるなどといいますが、精神科医の立場で考えれば、それはなかなかできないことです。精神力とは意志の力。大舞台で平常心を保つ心の強さが必要とされますが、そのためには緊張に伴う身体の変化を、自ら意識してコントロールしなければなりません。この場合の身体の変化とは、ヒトが生体として無意識に行っている運動のこと。汗をかく、呼吸する、心臓が動く。これらは、いわゆる自律神経が司っています。自律神経とは文字通り、自動的に体内の臓器などを律する神経。こうした働き、例えば汗をかかないようにしよう、体温を下げようなどを、意志の力で調整することはできないのです。

 ただ、表彰台で金メダルをかけてもらう姿を想像しながら自分を鼓舞するイメージトレーニングは、個人差があるものの効果が期待できます。それから、主に臨床心理士が行っている過呼吸症候群とか不安障害の患者さんを対象にした自律神経訓練法でも、ある程度コントロールできることがわかっています。

 とにかく、大舞台で緊張しない精神力を養うには経験が一番。これはビジネスマンにも言えるでしょう。例えば重要なプレゼンなどの場で応用できます。

 そもそも緊張は不安と隣り合わせ。ヒトは不安を感じるとそれを取り除こうとしますが、そうではなく、不安より大きな自信を身につければ、相対的に不安は小さく感じられるものです。自信を生むのは何といっても経験。1回よりは2回、100回よりは1000回、経験を積み重ねることで不安は小さくなります。よくカウンセリングで話したりするのですが、より多くの経験を積めば、それに応じた対処能力を身につけることができる、と。その効果は仕事でも同じです。

今月のクリニック No.9 電車に乗ると、いつも急に腹痛と便意が……

 無意識下の体内調整を司る自律神経の話をしましたが、自律神経には、交感神経と副交感神経のふたつがあり、それらが交互に働くことで、ヒトは心身の健康を維持しています。主に日中、活動している時に働くのが交感神経。緊張している時や、ストレスを感じている時にも働きます。一方の副交感神経は、休息している時の担当。眠っている時や、リラックスしている時にも働きます。両者は交互に働く、アクセルとブレーキのような関係。バランスよく働くことが大切です。ストレスにより交感神経ばかり働いている状態が続いてしまった場合、これを交感神経優位の状態といいますが、その時下痢をする人がいます。腸の運動は自律神経が司っていますから、腸蠕動などが活発になりすぎて食べ物がちゃんと消化・吸収されず、腹痛や下痢を引き起こすのです。

 IBSの名でよく知られるようになった過敏性腸症候群ですが、暴飲暴食や喫煙といった生活の乱れが原因になるほか、こうした精神的不安や過度の緊張も原因のひとつ。感染症や腸そのものの状態を検査しても何も問題がないのに症状が続くようなら、精神科や、あるいは心療内科に相談しましょう。

 心療内科について少し説明をしておきますと、日本では精神科医が心療内科の看板も掲げているケースがほとんどで、まだまだ専門医も少ないのが現状です。“病は気から”の気の状態を整理して、身体の症状を改善していこうというのが本来の心療内科。精神科が心の病を専門にしているのに対し、心療内科はいわば内科の一分野で、身体症状の改善が第一義にある。症状は確かにあるが病名がわからない、内科の治療では改善されない。そんな身体を診察することを専門としています。

 ストレスによって引き起こされる不具合は下痢に限らず、蕁麻疹が出たり、赤面したり、汗をたくさんかいたりと、人によってさまざま。ストレスは免疫機能も低下させますから、吹き出物ができたり、頭皮トラブルのひとつである毛嚢炎が現れる人もいます。つまり自律神経がうまくコントロールできなくなっているのですね。ストレスを緩和するために、SSRIという抗鬱薬を処方するケースもありますが、自律神経訓練法を試すのもひとつの手。これは簡単にいうと、リラックスした状態に身を置いて、例えば自分の手のひらが熱くなるのを想像し、自ら「熱くなってくる」と念じる。そして実際に手のひらに熱を感じるまで、それを繰り返すという訓練法。理屈の上では、これである程度、自律神経のコントロールができるようになるというわけです。パニック障害の発作や不安障害で人混みに出ると混乱してしまうような症状を訴える患者さんに、お薦めすることはありますが、電車に乗ったら急にお腹が痛くなって下痢になる、緊張するとお腹が緩くなるという症状にも有効かもしれません。この場合、即効性はありませんから、時間をかけてじっくり続けなければなりません。

 どんな症状にせよ、ストレスが原因なら、そのストレスをどうやって取り除くかが治療の大前提になります。精神科や心療内科のカウンセリングがその第一歩となるでしょう。医師と話をすることでストレスの原因が明確になり、よい方向に必ず向かうはずです。

  • case9 過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome)
    炎症や潰瘍が認められないにもかかわらず、大腸が正常に機能しない場合、あるいは分泌機能の異常により起こる病気の総称。下痢と便秘が交互に現れる不安定型、ストレスを感じるとすぐに下痢になる慢性下痢型など、症状により複数のタイプに分けられる。暴飲暴食や喫煙などの生活習慣が原因となるほか、自律神経失調症により引き起こされることも。消化器科での薬物治療、ストレスの除去には精神科や心療内科での治療が望まれる。


Kazuhiro Kobayashi
医療法人社団 城西クリニック院長。精神保健指定医。1962年生まれ。北里大学医学部卒業後、同大学病院でヘルスメンタルケア中心の医療に従事。身体疾患と精神面との関わりについて皮膚科、形成外科、婦人科の各専門医と研究を重ね、城西クリニックを開院。精神科医として心身両面からの頭髪治療に力を注ぐ。日本臨床精神神経薬理学会専門医、NPO法人F.M.L.理事。月に5,000人以上が来院する小林一広医師のクリニック詳細はこちら http://www.josaiclinic.com/

Text=田代いたる Photograph=太田隆生


*本記事の内容は12年9月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい