彼らはなぜ、鉄人になれたのか

3月、メルボルンで開催された鉄人レース。想像を絶する長さと過酷さに挑んだ日本人は、なぜか経営者や医師が多い。なぜ挑むのか、“鉄人”の称号から得たものは?8人の男たちに密着し、徹底的に取材した。

(写真左から)
森本将史 (45歳) 横浜新都市脳神経外科病院院長 Masafumi Morimoto トライアスロン歴1年半 アイアンマン初出場
山川雅之 (48歳) THE CLINIC 統括指導医 Masayuki Yamakawa トライアスロン歴3年 アイアンマン2回目
福澤将豪 (44歳) D-Net Dental Hawaii D-Net Dental Laboratory代表取締役 Shogo Fukuzawa トライアスロン歴5年 アイアンマン初出場
本田直之 (44歳) レバレッジコンサルティング 代表取締役 Naoyuki Honda トライアスロン歴5年 アイアンマン4回目
髙島郁夫 (57歳) バルス代表取締役 Fumio Takashima トライアスロン歴8年 アイアンマン初出場
稲本健一 (45歳) ゼットン代表取締役 Kenichi Inamoto トライアスロン歴8年 アイアンマン2回目
吉﨑英司 (42歳) エイジアキッチン代表取締役 Eiji Yoshizaki トライアスロン歴6年 アイアンマン初出場
三浦健一 (46歳) ロハス&カンパニー CEO Kenichi Miura トライアスロン歴1年半 アイアンマン初出場


男たちの長い1日は変更につぐ変更で始まった

 高波とうねりでスイムコースは短縮。強風にあおられ、前に進まないバイク。それでも“鉄人”の称号を目指して、前へ前へと進む男たちの1日を追った。

行く手を何度阻まれてもゴールしか見ない男たち

夜明け前、士気を高める日本人アスリートたち。

 大会前日から、不安はあった。スイム会場のフランクストンの海が、荒れに荒れていたからである。桟橋から見下ろすと、5分で溺れそうな波とうねり。そして悪天候は大会当日も続いた。5時半にトランジッションが開き、本来なら7時25分、男子プロを皮切りにスタートするはず。だが、会場にはコースやスタート時間を変更するアナウンスが矢継ぎ早に流れ、スイム中止の可能性もあるとの情報が入った。「アイアンマンじゃなくなっちゃうよ」と顔を曇らせた髙島。他の選手もみな呆然。それはそうだ。“鉄人”の称号を得るために、費やした時間や努力が頭のなかを駆け巡ったのだろう。しかし東の空が鮮やかな朝焼けに変わる頃、スイムが1.5kmで実施されることが決まる。「よし、とにかくゴールして、“鉄人”になるぞ」と気持ちを立て直し、各人が準備を始めた。

 予定より1時間近く遅れてのスタート。高さ2m近いうねりが襲い、浜からは泳ぐ選手の姿が見えないほど。そんなスイムを終えて浜に上がってきた選手たち。よし、表情は明るい! しかし「波がすごくて、水を飲んでしまい、3回も溺れて救助された」(三浦)と、沖合ではさまざまなアクシデントが発生していたようだ。幸い、密着取材した8人全員がスイムを乗り切り、バイクをスタートさせた。高速道路を走る往復90kmの道のりを2周。ここでも強い風が選手の行く手を阻む。「漕いでも漕いでも進まず、だんだん腹が立ってきた」(髙島)。「ギアが壊れ、ずっと重いまま走り続けた」(吉﨑)。なかには強風に煽られ転倒したのであろう、腕や足から血を流したまま走る選手もいる。
 そんな厳しい条件下で180kmを終えても、まだ42.195kmのランという道のりが待っている。なぜ体力が持つのか、なぜ心が折れないのか、その答えはゴール直後にわかることになる。

SWIM 3.8㎞→1.5km

大観衆の声援を受け、荒波に猛然と挑む。
8人のなかで、トップで浜に上がった山川。


BIKE 180km

強風に「なんだこのやろー」と叫んだ稲本。
地元テレビ局から取材を受ける森本。
インタビューを終えて、さあ、バイクスタート。


RUN 41.195km

「トータルで2kmぐらいは歩いちゃったかな」と髙島。
ランコースが闇に包まれ、ケミカルライトを握って走る森本。
いつも笑顔の稲本も、相当辛い表情。


ゴールした者への賛辞は You are an Ironman! Yes, you are! 

真っ赤なビクトリーロードの沿道には心からゴールを讃える人、人、人……。この快感を味わったら、何度でもアイアンマンを目指したくなる。 

孤独を噛みしめながら走る42.195km

 夜の帳(とばり)が下りて数時間。ゴールまで約10kmの海岸コース。8人の先頭を保っていた山川が脱水症状を起こし、順位を落としていた。風が運ぶゴールからの歓声を聞きながら、暗い中重い足を一歩一歩前に進める男たち。日が落ちると本当に孤独だ。だがゴール手前には光と観衆で埋まる95mのビクトリーロードが待っている。真っ暗な闇からそこに入った時、8人が皆「世界が変わった」と感じたという。そして「You are an Ironman!」のコールとともにゴール。この瞬間、彼らの人生観が変わった。

ゴール後、その感動と声援にしばし浸る本田
スイムで溺れながらも根性で巻き返した三浦。
脱水症状で、ゴール後に倒れこんだ山川。
メンバー全員を気遣い続けた稲本もこの笑顔。
両手を上げ、全身で完走の喜びを表した福澤。
ギアの故障にも諦めなかった吉崎。
ふだん冷静沈着な森本も弾ける笑顔を見せた。


8人の結果は全員完走。リタイアなし!

彼らの順位はこの大会のレベルの高さを物語っている。


Text=今井 恵 Photograph=鈴木拓也


*本記事の内容は13年5月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい